第49話「家族になれたら」

 自宅に帰ってからはいつも通りだった。

 アシュリーが晩ご飯を作り、みんなでそれを食べる。

 疲れているはずなのに、ましてや心はもっと披露しているはずなのに、そんな表情を一切見せない。


 ……違う点を挙げるとするならば、いつもよりも


「アシュリー、疲れてない?」

「ええ。大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」


 やはりいつもの笑顔だ。

 自分の気持ちを隠しているのは明白なのだが、彼女に口出しできるほどの勇気を持ち合わせてはいなかった。


「……無理、しないでね」

「無理などしていませんよ」

「本当は、いろいろ気にしてるんじゃないの?」


 テーブルを拭く手をアシュリーは止めた。

 図星を突かれた時、彼女はわかりやすく動揺する。


「気にしてるって、何をですか?」

「えっと、君だけ、まだ仕事を探していること」

「そんな、私は別に」

「自分のわがままで、仕事が見つからないこと。そのわがままで、僕たちに迷惑をかけてるんじゃないかって、そう思ってそうだから」

「わかったようなことを言わないでください!」


 珍しくアシュリーが声を荒げた。

 その見慣れない姿に、瀧本も、そしてナタリーも、一同が彼女の釘付けになる。


 絶叫のあと、しん、と部屋が静かになった。

 ゆらり、と灯篭がゆらめくように、アシュリーは部屋を出る。


「そうですね、爽太さんの言う通り、疲れてるもかもしれませんね。今日はもう休むことにします。お休みなさい」


 アシュリーの声から、苛立ちは隠せなかった。

 こんなにも表情が露わに出したのは見たことがない。


 アシュリーがいなくなってリビングで、瀧本はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 そんな瀧本の胸元を、ナタリーはぐっと掴む。


「貴様……!」


 彼女はものすごい形相で睨みつけてくる。

 しかしその瞳の輝きは、とても痛々しくて、とても悲しいオーラを放っていた。


 瀧本はナタリーの目を逸らし、そのまま俯く。

 ナタリーの手の力も次第に弱まっていった。


「やはり知らないうちに、私たちはお姉様を苦しめていたのだろうか」


 彼女の声が震える。

 とすん、とすん、とナタリーは瀧本の胸を何度も叩く。

 行き場のない怒りをぶつけているようだった。


 ポン、と瀧本はナタリーの頭に手をやった。

 彼の手に触れた途端、ナタリーは瀧本に対して叩くのをやめる。


「瀧本、私たちはどうしたらいい?」

「どうもできないよ。自分で考えて、納得のいく答えを探すしかない。譲れる部分、譲れない部分、きっちり話し合ってさ。まあ、お金も焦るほどないわけじゃないし、ゆっくり考えていけばいいと思う」


 けど、と付け足してナタリーの目を見た。

 求めている答えはそう言う事ではない。

 それは瀧本も自分で口にしてちゃんとわかっていた。


「きっと、お姉様は居場所を失うのが怖いのだと思う。仕事がない疎外感、この場所を守りたい安心感、その2つにお姉様は押し潰されそうになっているのかもしれない」


 確かにそうだ、と瀧本も心の中で同意する。

 人間は社会的な生き物だ。

 どれだけ一人を愛している人がいても、結局社会の中で生きていくしかない。

 そして、その社会から孤立した時、人間は極度の不安に襲われる。


 繋がりが欲しいんだ、きっと。


 瀧本はアシュリーのいる部屋に向かった。

 コンコンコン、と3回ノックをし、アシュリーがいる部屋に声をかける。


「もう寝てるかな」


 反応はなかった。

 それでも瀧本は続ける。

 ナタリーも彼の後ろで少し自信なさげに扉の向こうを見つめた。


「気に障ることを言ったのなら謝る。配慮が足りてなかった。ごめん」


 目線を落とし、反応を窺う。

 やはりアシュリーの言葉は返ってこない。


「僕、嬉しかったんだ。アシュリーに『おかえりなさい』って言葉を貰うのが。それはナタリーだって一緒。きっと、アシュリーがこの場所を、僕たちを大切に思ってくれてたからなんだね。ありがとう」


 自然と、瀧本の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 悲しいわけでもない。

 苦しいわけでもない。

 それでも、涙は止まらなかった。


「欲を言うとさ、僕はこれからもアシュリーに『おかえりなさい』って言われたい。なんだか家族みたいで、すごく温かい感じがするから。だから僕は、アシュリーやナタリーと家族になれたらいいなって、アズベルトたちを見て思った」

「家族……ですか?」


 やっと、アシュリーの声が返ってきた。

 たどたどしい声だったけれど、彼女の声が聞けて、瀧本もナタリーもテンションのボルテージが上がる。


「そう。これから3人、困ったら支え合って生きていきたい。この居場所をそれぞれ守るために。どうかな」


 正直、的外れなことを言っている気もしないでもない。

 しかし、今の瀧本にはこれくらいが精一杯だった。


 ナタリーもただ黙ってアシュリーを見守る。


 そして、扉はゆっくりと開いた。

 やつれた美しい顔が暗闇からひょっこりと姿を現す。


「それは、仕事を選ぶこととは関係ないことでしょう?」


 まったくもってその通りだ。

 落胆する瀧本だったが、アシュリーの口端は上がっていた。


「でも、爽太さんの優しい気持ち、すごく嬉しかったです。私も、あなたと家族になりたい。そう思っています」


 また彼女が笑ってくれただけでも、この天岩戸作戦はやって良かったのかもしれない。

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