第11話
この店はなんらかの本を買う前提であれば、立ち読みしても大丈夫だそうです。
ひとまず魔法の発動の仕組みだけ覚えて、残りは部屋で読みたいと思います。
私は適性がないため発動はできませんが、せめて仕草だけでもものにしてみたいのです。
「へぇ……、火と水と土と空(くう)と光属性があるけれど、適性持ち自体が思いの外少ないんだね」
「私は水と炎属性が使えますが、結構珍しいそうですよ。侍女にはこの二つの属性があれば、仕事に役立つので無条件で採用されるくらいです」
「回復魔法もあるんだー! でも回復ができる光属性は、適正者がほとんどいないんだね」
光魔法のところだけチラッと魔法を見てみました。
怪我をある程度治す基本魔法の『ヒール』
骨折などの大怪我や病気までも治す上級魔法の『メガヒール』
身体の損傷の蘇生、後遺症含めあらゆる病気を完治させ、健康状態もなにもかもを完璧に回復させる伝説魔法の『ギガヒール』
どれも対象の身体に手を触れながら、『傷をいやしたまえ、魔法名』と詠唱しながら魔力を流すそうです。
私が興味津々に熟読していると、チュリップが声をかけてきました。
「ヴィレーナ様は光属性が使えるのですか?」
「どの魔法も使えないよ。でも、魔法に憧れているから、せめてどんなものなのかって見たかったんだ」
「そうでしたか……」
チュリップが少ししょんぼりした仕草をしてきたので、気になりました。
「光魔法が必要なの?」
「いえ、少しないものねだりをしただけです」
「ん? というと?」
「実は、私は魔法と剣術の二刀流で騎士団に所属していました」
「あーっ! 王都に向かっているときにカイン騎士団長から聞かされました。凄腕のメンバーがいたけれども、モンスター討伐の際に大怪我で戦えなくなってしまい身を引いたと……」
「そうですね。実は今も後遺症で、片目が見えず、背中とお腹周りにモンスターの爪の深い傷が残っています」
しかも、その傷には継続性の毒が付与されているそうで、全身の力が常に抜けてしまう状態になっているそうです。
元々の体力が高く、最低限の私生活や侍女の仕事には影響はないそうですが、それでも疲労は激しいのだと。
「ギガヒールは伝説とまで言われている魔法ですからね。もしもヴィレーナ様が光属性の適性をお持ちでしたら、あなたさまならひょっとしてと思っただけです。私用で感情を出してしまい申しわけございません」
「そんな謝らないで。辛い思いをしているんだね……。期待させてしまいごめんなさい」
チュリップがここまで期待に満ちたような表情を浮かべていたのですから、きっとなり振りかまっていられないほど伝説の回復魔法を使える相手を探しているのかもしれませんね。
今まで気がつきませんでしたが、彼女が説明してくれた以上に本人は辛いのだと思います。
「ひとまず、これとこれとこれだけ買っていこうかな」
あまり無理をさせてはいけないなと思い、少し早めに切り上げて会計を済ませます。
魔法関連の本を購入させていただきました。
金貨と銀貨をたくさんくれたキーファウス殿下に感謝です。
♢
王宮に帰り、魔法の本を読んでいるだけでは気が済まず、なんちゃって魔法を発動してみたくなりました。
前世でラノベ世界にどっぷりつかりすぎて、JK時代には演劇で魔法使いを演じたことがあります。
キャラになりきったおかげで、とても評価されていたかな……。
あのころの好奇心が今になって爆発しています。
演技でも魔法の動作をしようとしたときに、ずっと横で見ていたチュリップに声をかけられました。
「ここで魔法の実戦をするのは……」
「そうだよね、ごめんね」
前世の世界だったら魔法のない世界だからなんの心配もいりません。
しかし、ここは魔法が普通に存在する世界。
いくら私に魔法の適性がないとはいえ、演技でも仕草をしたら心配になっても不思議ではないでしょう。
やらかしてしまいました。
深々とチュリップに頭を下げます。
「そんな頭を下げないでください。仕草だけとはいえ、屋内で魔法訓練は……あ、そうだ。光属性の訓練でしたら大丈夫ですよ」
私としては、どんな魔法でもそれっぽく演技できればそれで満足でした。
「じゃあ……、ちょっとだけ付き合ってもらっても良いかな?」
「もちろんです」
「先に言っておくけれど、私は回復魔法も全く使えないから、チュリップの怪我は治せないよ?」
「お気遣いなどいりませんよ。むしろ、こうやって鍛錬をすることによって、極々稀ですが適性に目覚めることもありますから。私としてはむしろ嬉しいです」
「そうなんだ。じゃあ毎日やってみようかな」
私の好奇心がさらに上がりました。
この世界でなら、夢にまでみた魔法がもしかしたら使えるようになるかもしれない……。
そう思いながら、チュリップの肩に手をおきました。
「じゃあ、やってみるね。えぇと、『傷をいやしたまえ、ギガヒール』」
伝説級魔法のなんちゃって魔法。
鍛錬の仕方はあとで本で勉強することにして、ひとまず演技だけしてみました。
しかし、詠唱と同時に手から勢いよく聖なる力に似たようなものが抜かれていく感覚が……。
そして手から金色の激しい閃光し、同時にチュリップの身体が金色の光に包まれました。
「あ……あぁ……っ!?」
私もチュリップも、なにが起こったのか理解できず、放心状態のまま無言が続きました。
やがてチュリップの身体周りの光が消えると、チュリップは涙を溢しています。
「見える……見えるんです!! 今まで見えなかった右眼が!!」
「え!?」
「それに、身体の辛さから解放されて生き返ったような感じもするんです! 間違いなくヴィレーナ様の魔法ですよ!!」
「へ!?」
未だに私自身がなにがなんだかわからず、混乱したままでした。
「ヴィレーナ様! それよりも身体は大丈夫ですか!? 間違いなく伝説級の魔法を無自覚にも発動してしまったのですよ! 魔力切れで目眩や吐き気など……」
「本当に私が回復魔法を? 私の身体は全然平気なんだけど……」
「まさかの規格外な魔力持ちですか!」
さっきまでのチュリップとは違い、ものすごくハキハキとしています。
彼女の仕草を見ていて、本当に私が魔法を使ったのだとようやく認識してきました。
「私、魔法使えるようになったんだね……。ありがとうチュリップ! あなたのおかげで私は念願の魔法も使えるように――」
「なにを言っているのですか! お礼を言うのは私のほうです。どんなにお礼をしても足りないくらい感謝しています! 本当にありがとうございます!」
チュリップはこのあと、両手で私の手を握りしめ涙を溢しながら何度もお礼を言ってきます。
さらに跪く体勢にまで……。
「そんなに崇められても……。跪かないで良いんだよ」
「そうはいきません。私は本当に感謝しているのですから」
本当ならば、私のほうが彼女にお礼を言わなければならないのに、彼女の圧力に負けてなにも言えませんでした……。
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