cotton☆candy
mog
第1話
僕が心酔するこの物語の主人公、
まさにキラキラネームと呼ぶに相応しい、星華にぴったりの名前だ。
彼女について語る為に、まずは名付け親である星華の母親について少し語りたい。
彼女は自分の前世をかの悲劇の女王、マリー・アントワネットだと心から信じている。
初めてマリー・アントワネットの生涯を学んだ中学2年生の授業中に「これは私の前世だ!」と確信。
彼女の人生を追体験し、大泣きして授業をひっちゃかめっちゃかにした挙句、やむなく保健室に連れていかれ、ベッドの中で一日中泣いたのは、彼女が今尚積み重ね続けている黒歴史のほんの一部である。
ただし、恋咲善子──ここからは僕も普段通り、マリィと呼ぶ事にする──マリィはその黒歴史たる行動を周囲に納得させるだけの美貌とオーラを兼ね備えていた。
いわゆる、不思議系美少女というやつである。
マリィは自分の人生設計を齢10歳にして完璧に設定していた。
若くして美少女のママになると固く決意し、
18歳で苗字の素敵な(これは重要なポイントである)高収入イケメンと結婚・乙女座の季節に調整して出産すると公言していた。
自分が夏生まれの獅子座である事をほんの少し気にしていたのだ。(獅子は敬愛するマリーの様に気高く美しいという認識であった為、ほんの少しだけ気にしていた程度で、気に入らなかったわけでは無い。ただ、「少し時期がズレれば乙女座だったのに」と悔しそうに時折漏らしていただけだ。)
そして、何気なく手に取った星座図鑑で見た『乙女座の1番明るい星がスピカ』の一文に感銘を受け、子供の名前を星華と書いてスピカと決めた。
この世界で1番に輝く、億光年に1人の美少女に育てるという怨念に近い祈りが込められている。
そしてマリィは全てを有言実行し、マリィが18歳の秋に星華が誕生した。
周囲も開いた口が塞がらないとまでは言わないが、マリィの行動力と信念に「願えば叶うってマジなのかも…」と思わせるには十分な人生を爆進している。彼女を知る者は「生きる引き寄せの法則」と(こっそり)呼び、困った時には彼女の住む方角を拝んでいるとかいないとか。
さて。前置きが長くなった。
星華について語るには、どうしてもマリィの話をせざるを得ない。
何故なら星華はマリィの不思議ちゃん英才教育を受け続けた結果、マリィの不思議度を200倍ほど凝縮し、マリィの美しさと愛らしさをより洗練して受け継いだ。まさにマリィの魂の結晶の様な女の子に目下成長中なのである。
僕好みに表現するならシン・マリィ改といったところか。
「ねぇ、ルードリッヒ、今日の天気はまるで空が泣いてるようね」
僕の名前は杉崎守である。
断じてルードリッヒではないし、何故ルードリッヒと呼ばれるのかもわからない。
昨日はジョージと呼ばれていた。
ちなみに本日は快晴である。初夏の空は雲一つなく、温暖化の影響で危険なほど強い日差しが燦々と降り注いでいる。男子も日焼け止め必須の嫌な時代である。
「そうだね、星華。」
豪奢なレースに縁取られた黒いロリータ仕様の日傘をクルクルと回す星華の隣で、僕は恭しく頷いた。
彼女の発する言葉は難解で、低能な僕には殆ど理解出来ない。僕はただ甘い綿飴のような彼女の声を、うっとりと聞く。
意味は不要だ。星華が話す、そこに価値がある。
星華はおおよそ平均の2倍ほどの時間をかけてゆっくりと歩く。
決して鈍足な訳ではない。履いている靴が重いのである。
僕はいつもと同じ様に、星華の姿を少し後ろから観察する。
腰まで届く細く柔らかな色素の薄い亜麻色の髪をツインテールにしている。瞳も同じ薄い亜麻色で驚くべきかな、両方天然ものである。
子鹿の様な華奢で色白の手足はゴスロリ仕様の制服に包まれ、平凡な通学路で異質な空気をバンバンに放っている。
僕たちの通う中学の制服は、ごくスタンダードなブレザースタイルだが、星華の制服はマリィの手によって、ほぼ原型をとどめないほど改造されている。ブラウスにはとんでもなく大きなフリルのつけ襟が施され、シンプルな紐リボンはボリュームたっぷりのレースリボンに変更。
スカートにはたっぷりのチュールがふんだんに使用され、華奢な星華の足は学校指定外のニーハイソックスに包まれている。ニーハイソックスと言えば勿論外せない、いにしえの絶対領域の絶妙な配分はお見事の一言である。
カバンはエナメル製の真紅のハート型ポシェットのみ。スマホすら入らなさそうな大きさで何が入っているのか、少し気になる。
足元は指定ローファーをフル無視し、これまたいにしえの厚底のリボンロリータシューズである。ソールが木で出来ている為、歩くたびにカツカツと音が鳴る。
こんな校則違反フルコンボが許されているのは、僕達の通う私立中学は寄付に大変飢えており、恋咲家のイケメン高収入スパダリの寄付を大いに享受しているからである。
遠くで始業のチャイムが響いたが、星華の歩く速度は変わらない。あと15分はかかるだろう。
まぁ、いつものことである。
2人分のスクールバックがずっしりと肩に食い込む。
そういや、今日の一限目、数学の小テストだった様な気がするなぁ……。
「星華、数学の小テストどうする?」
うちの学校は中間・期末考査だけでなく、毎週の小テストで平均点以下を取っても補習を受ける事になる。腐っても私立の進学校。意外とシビアなのである。
「ルードリッヒ、憂いは何もないわ」
星華はクルリと日傘を回しながら振り返る。
奇跡の様な美少女の微笑みに、思わず「ほぅ…」と声を出してため息を吐いた。
勿論、その日は2人で仲良く補習を受ける事となった。
cotton☆candy mog @pink_rabbit1189
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