第1章 出発

 人類は様々な発見や研究によってその文明は高度な物へと発展していった。その中でも人類の歴史に大きく影響が与えられたのは機械という存在だった。正確には機械人間だ。今では「人架」(じんか)と呼ばれる機械人間が人類と生活の場を共にしている。これらの機械人間が人架と呼ばれるようになったのも経緯がある。民間人に普及される前にこの機械人間の開発が発表される前は、それこそ「機械人間」や「アンドロイド」などと呼ばれていた。

 やがてこれらが一般の家庭にも行き渡るようになった。最初こそ、その役割は単純であくまで生活を楽にするという名目のために作られたため、人間との違いが多くあり、機械であるという位置づけが大きかった。そんな中で、話し相手としてもっと質のいい会話をできるようにして欲しいだとか、独り身の寂しさを無くすため家族として扱えるような存在が欲しいという様な非常に多彩なニーズに応えられるために、発明の集大成と呼べるような技術を駆使して機械に感情を持たせ、見た目さえも人間と同等に作られるようになった。

 機械が感情を持つようになってからは機械の権利や多様性が認められるようになり、今では人間との違いが分からない程になっている。そんな経緯で、最初はアンドロイドなどと呼ばれていた機械人間たちは、人間の既知の存在であるアンドロイドとは違う新たな存在という前提で、人間と区別し「人架」と呼ばれている。最初の方はその区別する行為自体が差別であるという声もあったが、今ではそういった問題は落ち着きこの呼び名が定着している。

 このまま何もなく人架と人間が共生して平和に暮らしているのなら問題はなかったのだが、いつの時代も問題というのはどこからともなく湧いてくるものなのだ。人架の、機械であるが故に人間の何倍もの効率で作業を行え、人間よりも働ける量が多いという性質は機械として不足なく、人類に大きく貢献したはずが、一方で足枷にもなるという側面も出てきてしまった。経済的な生産者が人件費削減のために人架を採用するようになってからはそういう類の仕事を人架がほとんど担うようになり、人間の失業率は加速度的に増えた。この問題の一部は、企業による半独占状態の人架採用を取り払い、家庭の人架を仕事に就かせるというシステムによって、ある程度の均衡はとられ、多少は改善されたが、人架が完全に普及しているわけでもなく、ましてや人架と暮らすことが義務付けられているわけでもないので、人架を所持しない人にとっては依然として大きな問題となっている。企業も当然わざわざ作業量の少ない人間を雇うメリットもないと判断するためだ。

 また、このように人間よりも優れた存在が社会の大半を占めてしまったために、劣等感を強く感じる人間も多くなり、一部の人間は、「何もかもが自分たちよりも優れた人架はやがて人間を淘汰するようになるに違いない。」といったような意見を持ち始め、挙句、人架の感情の撤廃や機能の単純化を訴える派閥も出始めた。反面、少数派であるが人架を心から愛し、家族同然と扱うような人々からは反発があった。今あるものを全て取り壊すというのは現実的ではなく、このままそんな作り直しという考えも改められていくのかと思われていた。

 しかし、「ある事故」によって世界に大混乱がもたらされ、繁栄が泡沫に消えたと同時に、近ごろニュースになった人架による犯罪や、「人間は劣等種だ。」と主張する人架によって起こされた殺人などが問題となり、状況を一転させた。これらの事実が、世界で話題になり、国々も感情の撤廃や機能単純化の声にも耳を傾けるようになってきてしまった。度々デモや暴動が行われる。といった様子で数多くの街は徐々に荒んでいき、今では混沌としている。


 

「依然として暴動がみられ、政府はこれに対し…。」

 私は、テレビでニュース番組をつけていたが、別に注意して見ていたわけではなかった。最近はデモの行進が行われたり、スピーカーで何かを訴えたりする声が外から聞こえて騒がしかったが今日は比較的静かだった。なのに私は特にすることもなく退屈していた。外が騒がしいことにも慣れてきてしまっている証拠なのだろうか。私が何となくチャンネルを変えると何処かのアミューズメント施設のような情景が流れていた。遊具のようなものは見当たらないが陽気な場所だ。

「いいなぁ。」

 何となくそう思いながら、そっとテレビを消した。特に注意して見ていたわけではなく、そこに行きたいというよりは、ただ心を落ち着けるような場所を連想した。

 そんなことをしていると彼が帰ってきた。配給を取りに行っていたのだ。街がこんな風になる前はスーパーマーケットなどもあり、普通に買い物していたが物騒なことが度重なった結果、配給制が取られるようになった。今日が静かなのもそのおかげだ。配給の日はみんなそれを取りに行ったり、家で待機したりと用事もあるので比較的静かになるのだ。もちろん静まり返るようなことは決してないが。

 彼はいつも帰ってくると荷物の中身を冷蔵庫に入れ、それを終えると居間に落ち着くというのが日課だったが、今日は違った。今日はやけに荷物が多い。まるでこれから冬眠でもするのかといった具合に両手に大きな荷物をぶら下げていた。私たちの配給はそれぞれ与えられたものを受け取るのではなく、あらかじめ必要なものを注文し、それを取りに行くといった方式だ。監視のテリトリーで買い物ができればいくらかの安全は保証されるため、このような方式になっている。なので正確には配給とは違う。注文を行った物を取りに行くため、人によって受け取る荷物も毎回違う。いつもは二人で注文票を確認するのだが、今月はバタバタとしていて彼に任せていた。だから、いつものより遥かに大きい荷物を、それも両手に抱えていたので私は驚いた。

「どうしたのよ。その荷物。」

 お帰りも言わず私の口からは疑問がでた。

「あのさ。アンナ、話があるんだ。」

 そう言って彼は冷蔵庫の前に向かわず、荷物を抱えたまま居間に上がった。

「何?」

 私は急にそんなことを言われたので唖然として気の利いた返しが出来なかった。

「旅に出たいんだ。」

 彼の言葉はあまりにも短く、突拍子もなかった。私の頭に多くの疑問が浮かび上がる。だけど本気でそう言っていることは伝わった。私がそんなことを思って何も言えずにいると

「ええと、突然こんなことを言ってごめん。兎に角どこかへ行きたいんだ。ずっと遠くに。明確な目的があるわけじゃないんだ。無計画すぎるのはわかってる。でもどうしてもなんだ。嫌か?」

 確かに無計画だ。何の目的も持たずに何処か遠くへ行きたいって。それでも私は素敵だと感じた。彼は日ごろの喧騒にもう耐えられなくなっていたのかもしれない。私もどこか嫌気が指していたのかもしれない。だからこそ、目的もなくどこかへ行ってしまうのが実に良い考えの様に思えたのだ。とはいえ配給の注文書は一か月ごとに提出する。その頃から彼はここを出ていくことについて考えていたのだろう。それならもっと前に言っておいて欲しかったなどとは思わなかった。むしろサプライスを受けたような晴れやかさまで感じていた。

「駆け落ちってこと?」

 私は冗談交じりにそんなことを言った。彼は目をパチパチしながら

「どうして戻る気がないのが分かったの?」

 と図星を突かれた様だった。確かに彼は遠くへ行くとは言ったが戻る気がないなんて一言も言っていない。その大きな荷物もただ行って帰ってくる分を準備しただけといっても多少は説明づくし、急に長旅を提案することが無計画だというのも間違いではない。私は言いぐさや、彼の目でそれを感じ取ったのかもしれない。しかし、彼は私が冗談で言ったものを真にとってしまったのかもしれないと思ったのか、バツが悪くなり

「そう、戻る気はなくて、二人で遠くに行きたい。」

 と言い直し、そう続けた。

「うん。」

 私のその一言ですべてが伝わった。私自身あまりにも急な逃避行の提案を呑み込めているのが不思議だったが、嫌だという感情はなかったためにそれに従った。また、これも不思議なことでこんな日が来るんじゃないかと心のどこかで思っている節があったのだ。彼には私が軽い気持ちで答えたわけではないことが伝わったようで

「ありがとう。」

 と短く返してくれた。彼は安心した様子だったが、荷物は抱えたままだった。

 二人の旅は車で行くことにした。彼が持って帰った荷物だけでなく私たちが旅の先で生活するための諸々が必要だったのでそれは当然のことだった。身支度を済ませ、玄関を出ると彼が両手に持っていた荷物の他にもう一つ同じくらい大きな荷物があった。

 車は白いバンで、と言っても白いというには少々汚れすぎている錆びれたものだ。その車に、私たちは先ほどの配給の袋3つの他に自分たちの着替えや日用品、その他生活に必要なものが入った大きなボストンバッグを二つ、それと私物を入れたカバンをそれぞれで用意し、それを荷物として詰め込んだ。

 それらを詰め込終えて車に乗ると、出発する前に色々と気になる事情を説明してくれた。就いていた仕事の事や、この旅を思いついた経緯などについてだ。旅の思い付きは、なんてことはないただすべてが嫌になったという単純な理由からだった。この街のデモや暴動を見るのにも嫌気がさしたとか、そんな。いや、本当はもっと複雑なのだろうが、それは追い追い話せば良いと思った。就いていた仕事は前々から転職の話にはなっていたため、辞職は既に申請を済ませていた。、他の所へ就くことを検討していた期間の今が良い目途だったのだろう。お互い今は働いていないが最近まで私も働いていたため、貯金もあり、余裕もそこそこあった。この旅がどれだけ長いものになるかはわからないがしばらくは食いつなぐことが出来るだろう。

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