さいごはキミと海水浴を【pixiv企画夏休み創作チャレンジ2024投稿作品】

お題「水着」



「う、み、だーーーーっ!!」


 親友のチナツが砂浜を駆けていくのをゆっくりと追いかけながら、カホは小さく肩をすくめた。

 夏の終わり、もう盆も過ぎているからクラゲが出るぞと言っても諦めなかったチナツに押し切られて数駅分歩いて海までやってきたが、案の定、海岸には誰もおらず、貸し切り状態だった。


「チナツ、一応準備運動くらいしなさい」

「はーいよ~」


 言わなければそのまま海に突っ込んで行きそうだったチナツに声をかける。

 チナツはいつの間にか着ていたシャツもパーカーも脱いで、夏の初めに新調したと言っていた水着姿になっていた。

 元気なチナツによく似合う、明るいヒマワリ柄のオフショルダー型セパレート。可愛くて一目惚れしたらしい。確かに、可愛らしいフリルもたくさんで、動くとちょっとだけ見える小さなオヘソがなにやらセクシーだ。

 カホは浜辺に脱ぎ捨てられたチナツのシャツを拾って適当に離れたところに荷物を置いた。

 荷物と言ってもタオルと飲み物、あとちょっとしたお菓子が入っているくらいの鞄だけだが。

 空を見上げると眩しい太陽がさんさんと照り付ける快晴。遠くにはそびえるような真っ白な入道雲。

 夏の終わりだというのに、まだまだ残暑とは言い難い暑さにカホは息を吐きながら着ているシャツに手を掛けた。

 チナツは既に波間で遊んでいる。……準備運動、本当にしたのだろうか。

 カホの水着は去年か一昨年に買ったきりタンスの中で半分忘れ去られていたワンピースタイプの黒地に白いラインが申し訳程度に入ったもの。チナツにはもっと可愛いの買えばいいのにと不評だ。

 まぁ、カホも別に気に入っているわけでもないのでその言い分もわかる。

 ただ海どころかプールにも行く予定がなかったので買う気力が沸かなかったのだ。


(去年だったら、昨日か一昨日にでも買いに行けたんだろうけどね)


 脱いだシャツを軽く畳んで、帽子と一緒にまとめて置いておく。

 ついでにチナツの投げ捨てた鞄から大きなビーチパラソルを取り出して設置しておいた。……これくらい自分でやってから海に入ってほしかった。


「カーホー! 早くー!」

「はいはい、今行くー!」


 サンダルを脱いで砂浜に足を乗せると熱を持った砂で足裏がじわりと熱い。

 駆けるようにしてチナツを目指す。手首、足首、肩を軽く回してから波にひたりと足をつける。

 ひんやりとした海水が足首にぶつかる。

 潮のにおい。

 ささー、と静かな波音とチナツの楽しそうな笑い声。

 チナツはもう腰まで海に浸かっている。

 思ったより透き通った暗い青が広がっていて、カホはほうと息を吐いた。

 波に足を晒したまま軽く体を動かして準備運動。

 そして、えいや、と一気に海に飛び込んだ。


「うわ、思ったより冷たいっ」

「あはは、気持ちいいよねぇ~」

「こうして見ると、結構小さな魚も泳いでるのね」


 潜るまでもなく、見下ろせば名前もわからない小さな魚が数匹固まるようにして逃げていくのが見えた。


「うーん、しょっぱい。海の味だ」

「微生物とかいるからあんまり飲まない方がいいわよ。お腹壊しても知らないから」

「微生物とか言わないで。なんか……なんか嫌だ!」


 お盆を過ぎた割にクラゲの姿は見当たらない。

 それならもう少しだけ遊んでもいいかとカホは海面を叩く。

 まぁ、多少クラゲが浮いていたところでチナツは意気揚々と海に入るのだろうが。

 じりじりとした陽光と照らされて煌く海面に目を細める。

 それにしても、とチナツを見た。

 いつの間にかチナツは頭まで濡らして海に浮いている。


「地球最期のときにやりたいことが、海で泳ぐのってどうなの?」


 にひひ、とチナツは海面に浮かんで目を閉じたまま笑った。


「いーじゃないか、いーじゃないかあ。水着着れたし、誰もいないから穴場だったね!」

「まぁ……普通、のん気に泳いでる場合じゃないからね」


 巨大隕石によって月が半壊されたのがおよそ半年前。

 なんとか言う外国の宇宙関連組織が更に別の巨大隕石の到来を予測したのがそれからすぐあとのこと。

 どうやら地球が終わるらしいと世界が知ったのはそれほど前の話ではない。

 なんでも流星群状態でこの地球に降り注ぐらしいとかで、世界は一気にパニックになった。

 ひと月前には隕石襲来の日時まで割り出せてしまって、それが今日の日暮れ前。

 信じている人も信じていない人も混乱して、数日前からあらゆる場所で日常が崩壊した。

 電車は動いていないし、お店はコンビニすらまともに開いていない。

 物流がストップしているのでそもそもお店に商品がほとんどない。……この状況ですら売れ残ってるあのパンはなんなんだろう。

 諦めている人は最期をどう過ごそうかと家族や恋人、大切な友人と迎えるべく準備を始めたようだが、諦めていない人は今でも回避する方法を探っているらしい。

 カホは終わるならまぁ別にいいか、と自分の部屋で本を読んでいた。

 そこに突然やってきたのがチナツだ。

 チナツはビーチパラソルやお菓子の詰まった鞄を抱えて、


「カーホーちゃーん、あーそびーましょーう!」


 と笑った。

 家にいるのもうんざりしていたカホはすぐに着替えて準備を整えるやいなや家を飛び出した。

 海に行きたいと言い出したチナツとだらだらおしゃべりしながら歩いて海まで来た。

 地球最期の時間まであとわずか。


「ねぇ、チナツ」

「なぁに」


 静かに浮かんでいるチナツはこちらを見ずに返事をした。


「誘ってくれて、ありがとね」


 家ではどうせ今頃両親が離婚だなんだと喧嘩中だろう。

 そんな最期のときを迎えずに済むのはチナツのおかげだ。

 チナツはふふと小さく笑う。


「当たり前だよぅ。だってカホはあたしの大大大親友だからね!」

「まぁ、アンタ、彼氏にフラれたばっかだから誘う人、他にいないもんね」

「ふふふフラれたんじゃないやーい、あたしがフッてやったんだーい」


 チナツの振り回した腕で海面が叩かればちゃりと音を立てる。

 いつの間にか太陽は傾いていて、空が雲ではないなにかで陰ってきていた。

 空を見上げたまま、カホも身体の力を抜いて海面に浮かんだ。

 こぽこぽと耳を海水がくすぐる。


「チナツ」

「ん?」

「……大好き」


 二人で並んで波に流れるまま浮かぶ。

 ぱちりと目を開けて、チナツが視線だけでカホを見る。

 そっと左手を伸ばすと、チナツは右手でそれを握った。


「あたしも! カホのこと大好き!」


 空が陰る。

 ああ、始まった。

 いや、終わるのか。

 握られた左手に少しだけ力を入れて握り返す。

 その「大好き」がカホの言うものとチナツのものが違っていてもいい。

 最期のときを共に過ごせるのなら。

 カホはチナツから目を逸らして空を見上げた。

 どこか遠くでサイレンの音が聞こえる。


「……大好きだよ、カホ」


 最期に聞こえたその言葉は、自分と同じ色をしている気がした。

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