第15話 準備も一苦労
月日はあっという間に流れ、本日は『王太子殿下の成人祝い』が行われる。
イーディスは、朝から準備に追われていた。もちろん仕事は休みである。というか、城内は仕事をする雰囲気ではない。どこもかしこもお祝いムードとなっている。
「お嬢様、動かないで下さいね」
「ちょっと、今日の香油はこんなに香りが強いものはダメよ」
「化粧箱の準備もしておいてちょうだい」
宴は夕方から開始だというのにこの騒ぎ。朝から風呂に入れられ、頭から爪の先まで丁寧に全身を磨かれる。その後はマッサージやら髪の手入れやら、メイド達の手が止まることはない。
──何かいつもと気合いが違うような…?
侯爵令嬢という高位貴族ではあるものの、イーディスは最低限しか社交界に出ない。参加するのは王族主催のものくらいだ。イーディスとしては友達が欲しいので社交界には積極的に参加したいのだが父と兄が許してくれない。
それはさておき、数少ない社交界参加の時よりも念入りに準備をしている気がする。そういえば、少し前から『今日はお肌にいいメニューです』という説明も幾度となく聞いた気がする。
──慶事だからいつもより気合い入ってるのかなぁ。
何と言っても今回の宴は、王太子殿下の成人祝いだ。国を挙げての盛大なお祝いである。きっとメイド達もそれで気合いを入れて準備をしているのだろう。
イーディスがぼーっとしている間にもどんどん準備は進んでいく。着飾ることに無頓着なイーディスは、全てメイド達にお任せしていた。普通でいいなどと言ってはいけない事は学習済みである。
暇なイーディスは、手際のいいメイド達を鏡越しに観察する。皆、マクレガー家を支えてくれる優秀な人達だ。
「誰か、髪飾り取って」
「あ、目の化粧は控え目にね」
「つり目を和らげるようにでしょう? もちろんよ」
──おぉう、本人目の前にして中々にハッキリ言うなぁ。
メイド達の悪気のない言葉に内心で苦笑する。
イーディスの目は、パッチリしているのだが、ややつり目がちだ。猫目と言えば可愛らしいが、ハキハキした性格も相まってキツい印象を与えることもある。今回は化粧でそれを和らげようという事だろう。
絵画を描くように繊細かつ華やかな化粧が施されていく。髪は大人っぽくアップにして、少しだけサイドを垂らす。
化粧とへアセットが終われば、ようやくドレスの登場だ。『大人っぽく』をコンセプトに作られたドレスへ袖を通していく。
ドレスを着てもまだまだ準備は続く。アクセサリーを着け、全体のバランスを再確認していく。ここでまた化粧と髪を微調整するという気合いの入れ具合だ。
「ふぅ、お嬢様。終わりましたよ」
「とても大人っぽくて素敵です」
「あ、ありがとう……」
この時点で既に時間ギリギリになっていた。朝から準備してもギリギリとは…我が家が王城に近くて本当に良かった。
宴が始まる前から疲労困憊のイーディスは、メイドにエスコートされ玄関ホールへと移動した。そこにはもう既に家族全員が揃っている。どうやらイーディス待ちだったようだ。
「イディ、とても可愛いよ」
イーディスに気付いた兄が優しく微笑む。
兄は白いコートにベージュのベスト。全体的に白系で纏められていた。爽やかな兄によく似合っている。クラバットにはマクレガー家の家紋が刺繍されていた。
「まぁ、ちゃんと清楚なご令嬢に見えるわね。これなら見劣りしないわ」
お母様は、緑を基調としたドレスだ。落ち着いた色がおっとりしたお母様によく合っている。
というか、今の一言が引っかかる。他家のご令嬢と比較して見劣りしないという意味だろうか。
「イディ……くっ、ウチの娘が可愛すぎる。やなり今からでも参加は取り止めにするべきか」
お父様は安定の親バカっぷりだ。そんなお父様の服装は、黒に近いグレーを基調とし、袖口などに緑の刺繍を施している。きっとお母様のドレスに合わせた色合いだろう。相変わらず仲がよろしいようで何よりだ。
それにしても、身内ながらとんでもない美形揃いで眩しすぎる。この美男美女と並んで入場とか何の罰ゲームだろうか。
──メイドの皆が気合いを入れてくれて良かったかも…。
メイド達が頑張ってくれなければ、イーディスなど浮きまくっていただろう。
「お待たせして申し訳ありません。それでは参りましょうか」
今日はこれから猫を被り続けなければいけない。令嬢モードは疲れるが、初めての立食形式──今まで頑張った成果を見るのは非常に楽しみだ。
イーディスは、わくわくしながら馬車へと乗り込んだ。
◆◆◆◆◆
一方、王城でも着々と準備が進められていた。
主役でもあり主催者でもあるオズワルドも、イーディスと同様に朝から忙しさに追われていた。今は、各箇所への指示を終えて自分の身だしなみを整えにきたところだ。
「オズ、イディに護衛は付けてあるのか?」
ふかふかで豪奢なソファにゆったりと座るのはオズワルドの父親──この国の国王だ。その隣にはたおやかな美女──オズワルドの母である王妃もいる。
「もちろんです。本人に言うと嫌がりそうなので伏せてありますが」
オズワルドは、上着を羽織りながら父の問いに答えた。
イーディスには黙っているが、こういった宴の際は必ず護衛を付けていた。未来の王妃(予定)に何かあってはいけないからだ。
イーディスは仕事優先で今のところ結婚などする気はないようだが、こちらは違う。この日のために外堀をばっちり埋めてきたのだ。
「ねぇ、オズ。あなた達……ちゃんと進展はしているの?」
痛い所を突かれたオズワルドは動きを止めた。イーディスを一人の女性として見るようになって早数年、未だに恋愛対象にすら見られていない気がする。進展も何もあったものではない。
オズワルドの沈黙から状況を察した王妃は「あらまぁ…」と残念そうな声を上げた。国王もそれに気付くと怪訝そうな目を向けてきた。
「オズ、お前も成人したんだ。次期国王にいつまでも婚約者がいないとなると、対外的にもよくないぞ。だいたいあんな良い娘など、どこを探してもいない」
「そうよ、イディちゃんみたいな素直で可愛い子は今どき貴重よ。おまけに賢くて勤勉だなんて」
実は国王夫妻もイーディスを大層可愛がっている。イーディスを王太子妃に推しているのはこの二人に他ならない。それ故、オズワルドがゆっくり時間をかけてイーディスを振り向かせようとしてるのを容認してきたのだ。
「分かっています。足場固めも済みましたので、今回打って出る予定です。こちらとしても毎回気を揉むのはもう嫌なので」
オズワルドはフッと口の端を上げた。今の所、計画は順調だ。
今までファーストダンスをイーディスと踊ったり、宴の間ずっと傍に置いたりしてきた。イーディス本人は侯爵令嬢の務めだとでも思っているが、イーディスを王太子妃にするつもりだと周りに知らしめる意図があった。
それなのにオズワルドの周りには恋敵が溢れている。優秀なイーディスを取り込みたい輩も多いが、明るく元気で芯の通ったイーディスは人気があるのだ。仕事人間の鈍いイーディスはまったく気付いていないようだが。
ふいに国王の目つきが鋭いものへと変わる。その目は父親としてのものではなく、統治者のものだ。
「……ところで、不穏な動きがあると聞いたが?」
流石は一国を統治する者である。報告するまでもないと、こちらで処理してきたが全てお見通しのようだ。
「この機に私を失脚させようとする一派のことですね。今の所は泳がせています」
オズワルドは何でもないことのように告げた。王太子として生まれたからには、命を狙われた回数など両手で数えるには足りない。失脚程度で動じてなどいられなかった。
ルーカスが調べた結果、今回はオズワルドの評判に傷を付けるのが目的のようだ。そのために宴を失敗させようとしているらしい。
確かに準備段階でいくつかの妨害を受けていた。怪文書が届いたり、根も葉もない噂が広められたり、仕入れを邪魔されたり……実に幼稚な策であった。仕入れについてだけは頭を悩ませられたが、イーディスがあっさり解決してくれた。
『マルセル地方のイチゴが足りない? それならブルック地方はどうかしら。品種も同じだし、王都に近いから間に合うはずよ』
その時の様子を思い出してオズワルドはほくそ笑んだ。妨害が成功したと思っていた奴らは驚くだろう。
「まぁ、主催者はお前だからな。最後まで気を抜くんじゃないぞ」
「もちろんです」
警備体制は万全を期している。むしろ反王太子派よりもオズワルドには大きな試練が待ち受けているのだ。
「お前の考えには乗ってやるがイディに嫌われても知らんぞ」
「……怒られはしそうなので覚悟しておきます」
それは唯一心配な計画。オズワルドは、何としてでもそれを成功させなければならなかった。
──さて、侯爵殿はどんな反応をするかな。鈍いイディにもそろそろ気付いてもらわねば。
オズワルドは自然と笑みを浮かべながら最後のチェックに向かうのであった。
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