第12話 小話集

【side鍛冶屋】


 王都に程近い小さな村の外れ。そこがオレの工房だ。


 若い時に旅先で見た武器を模したり、創作で武具を作ったり……まぁ、自由気まま好き勝手やっていた。


 平和な御時世に武器を欲しがる奴など冒険者くらいだ。しかも、こんな無名のおっさんの武器が売れるはずもない。王都に露店を開いてみても、客足はそう伸びなかった──そう、あの日までは。


『包丁とかの手入れをするの。包丁やハサミは使い捨てではなく長年愛用する人が多いでしょう? それなら切れ味も落ちてしまうわ。それを職人が代わって手入れをする……絶対いい商売になるわ』


 あの一言がオレの生活を一変させた。


「よう、おっちゃん! この間研いでもらった包丁すごくいいよ」

「あの…家庭用の包丁も研いでもらえるんですか?」


 今や露店を出せば大繁盛だ。ひっきりなしに客が来るありがたい状況だ。最近では下町に店を開いてはどうかとまで言われた。


──あの嬢ちゃんには本当に感謝だな。


 最初は物珍しさで寄ってきた冷やかしかと思った。だが、話してみるとこれがまた中々に面白い奴だった。


 いつかまた会えたらちゃんとお礼を言いたい。きっとあの嬢ちゃんは何でもないことのように笑うのだろう。



◆◆◆◆◆



【sideアレン】


「アレン、ちょっと下町に行ってくる。留守は任せたぞ」


 そんな事をのたまってオズワルド殿下は出掛けていった。そんな事より仕事をしろと言いたいが、どうやら宴の事で調査に行くらしい。


「はぁ……我が妹ながら優秀すぎるのも困りものだ」


 一人になったアレンが頭を悩ますのは宴──ではなく、発案者のイーディスの事であった。


 現在王城では、前例にない立食形式の成人祝いに右往左往している。奇策過ぎるせいか、発案者が誰なのか探る動きまで出始めた。先手を打って自分が運営を引き継いでおいて本当に良かった。


 3つ年下の妹・イーディスは、幼少時から飛び抜けて頭が良かった。発想力も然る事ながら貪欲な知識欲も群を抜いていた。


 愛らしくて可愛くて賢くて聡明で優しくて──とにかく、我が家の宝といえるのがイーディスだ。


 今まで可愛い妹を利用しようとする輩は家族・使用人総出で潰してきた。一応言っておくが、見合い話しを潰しただけで決してあくどいことはしていない。


「もう少しオズワルド殿下が積極的に行動してくれればいいのだが……」


 王太子であるオズワルドにならイーディスを任せても良いと思っている。彼なら立場的にもイーディスを守ってくれるだろう。幸いなことにオズワルドもイーディスを憎からず思っている。


 あとの問題はイーディスがもう少し恋愛に興味を示してくれれば……。そこまで思ってアレンは勢いよく首を振った。


「いやいやいや、やっぱりイディが嫁に行くのはまだ早いっ! 殿下、積極的に行動しなくていいですからね!」


 まさかこうしている今、オズワルドとイーディスがお忍びデートをしているとは露にも思わないのであった。



◆◆◆◆◆



【sideトム爺】


「トム爺~!」

「おお、おお! イーディスお嬢様、走っては危ないですぞ」


 小走りで駆け寄ってくるのはお仕えするマクレガー侯爵家のお嬢様だ。ちょっとお転婆だがその元気なところがまた愛らしい。


「お花ありがとう。早速部屋に飾ったわ」

「なに、草刈り鎌のお礼ですぞ」


 ニコニコと人が良さそうに笑ってはいるが、庭師のトムは少し頑固な面もあった。そんな頑固なトム爺すら骨抜きにするのが天性の人誑しイーディスである。


「そうそう、アレの使い心地はどう?」


 アレとは、イーディスが下町の市場で買ってきたS字型の短剣だ。草刈りに使えそうと思ってトム爺にプレゼントしていた。


「おお! とても切れ味抜群で使いやすいですぞ。草刈りにも良いですが枝打ちにもぴったりで助かっとります」


 そう言ってトム爺は腰を叩いた。そこには庭仕事の道具と共に短剣も装備されていた。


「いやぁ、面白い形ですが中々に使い心地が良い。流石は、お嬢様じゃ。お目が高いのう」

「それは良かった~。でもあんまり無理はしないでね」

「ほほっ、お嬢様が安らぐ庭造りが儂の仕事じゃ。まだまだ若いのには負けはせんよ」


 こうして殺傷能力を秘めた武器は、マクレガー家の枝打ちとして活用されることとなった。



◆◆◆◆◆



【side名もなき青年】


 下町の市場。雑多ながらもここには様々な露店が開かれる。訪れる人も多種多様だ。


 俺はここで天使──いや、女神に出会った。


 出会いは、数ヶ月前。いつものように市場で商いをしていた時であった。


「こんにちは。これはキールス地方のガラス工芸かしら?」

「へ…? あ、はい。そうですが……」


 目の前にいたのは、珍しいローズピンクの髪が目を引くお嬢さんだった。ちょっとつり目だが人懐こい笑顔でキツそうには見えない。下町服を着ているがどう見ても良いところのお嬢様だろう。一緒に居るのはお付きの人だろうか。


 彼女は鮮やかなグリーンの瞳を輝かせて、並べてある商品を熱心に眺めていた。


「キールスのガラスは初めて見たけど、とても綺麗ね。まるで宝石みたい。丁寧な職人技が素晴らしいわ」


 キールスとは山間部にある小さな地方だ。ガラスの原料である珪砂けいしゃが採れる事から、ガラス工芸が名産となっている。だが、実入りが少ないガラス職人は、なり手が少なく量産はされていない。


「詳しいですね。王都ではあまり知られていないのに」

「ふふ、名産品を調べるのが趣味なの。ねぇ、これは何?」

「これは商品を作る際に出来たガラス屑です。売り物にはならないのでオマケとしてあげてます」

「ふぅん……」


 彼女はガラスの欠片をじっと見ていた。指先くらいの大きさのガラスは綺麗だが使い道はない。


「これに穴を開けることは出来る?」

「穴? 小さい穴じゃないと割れちゃいますよ?」

「充分だわ。あ、こんなに小さければ作業は大変よね……」

「いえ、専用の道具があるので穴開けは簡単ですよ?」


 そう言った瞬間、彼女は輝かんばかりの笑顔に変わった。可愛い……すごく可愛い……。


「それなら、これに穴を開けてアクセサリーにしたらどうかしら? あ、服に宝石の代わりとして縫い付けるのも素敵ね。こんな宝の山を活用しないなんて勿体ないわ!」

「…………」


 そうして彼女の助言を受けて作成した商品は飛ぶように大売れした。手頃な値段なのがまた受けたようだ。


 キールス地方のガラス工芸も注目をされ、今では職人の数もかなり増えた。ガラスを加工するならキールスの職人の右にでるものは居ないとまで言われている。


 後から知ったのだが、彼女はこの市場に時々現れるらしい。助言を受けて店を構えるまでに至った商人もいるそうだ。まさに女神だ。


 いつかまた彼女に会える日が来たら、渾身のアクセサリーをプレゼントしたい。受け取ってくれればいいなぁ。

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