エリート財務官は恋より仕事に忙しい!

すず

第1話 敏腕財務官の日常

「また増員申請ですか? 増員理由が曖昧過ぎでは?」


 じろりと睨みを利かせるのは、まだ若い少女。年齢に似合わず貫禄はたっぷりだ。


「あなた方の部署は既に4人増員しているのに、まだ足りないと? 見たところ、以前と人員は変わらないようですが?」

「それは…たまたま今日は休みで」

「今日のお休みは2人と聞いています! よってここには12人いるはずです。机も以前のまま10個しかない。これを不思議と言わず何と言いますか!」

「……うっ……」


 仁王立ちでピシャリと言い放つ女性に、男はたじたじになっていた。増員に見せかけて予算を多く確保しようなど、不届き千万である。


「必要であれば予算の増額は応じます。しかし、不要であれば一切認めません!」


 今日も今日とて王城で繰り広げられているのは、財務官による厳しいチェックだ。


 イーディス・マクレガー。

 彼女は、齢17歳にして財務大臣の補佐を務める敏腕財務官だ。類い希なる力を発揮し、日夜バリバリに仕事をこなしている。


 不正は絶対に許さない!


 彼女の生き甲斐は、限られた税金内でいかに国庫を調整して、国民の生活を豊かにするかという事だ。



◆◆◆◆◆



「只今戻りました」

「おや、イーディスちゃん。おっかえり~」


 イーディスを出迎えたのは、この部屋の長であった。見た目だけならダンディーなおじ様といった感じだ。しかし、着崩した財務官の制服、雑多な机上……色々とルーズ過ぎて残念な人である。


 彼の名は、ギルバート。この王城の金の流れを管理するトップ、財務大臣だ。イーディスの上司でもある。


「もおぉぉー! ギル様! また机が散らかってるー!」

「はっはっはっ! 今日期限の申請書が見つからなくてね~」


 悪びれもなく笑うギルバートにイーディスは堂々と溜息をついた。上司であろうと容赦はしない。


 自分の机に書類を置くと、上司の机の整理に向かった。


「厨房機器の修繕費申請ですよね? それなら一昨日に処理済みです」

「おや、そうだったかな?」

「誰かさんが『読み上げて~』と仰ったうえに、『問題なし』って署名をしたじゃないですか」

「ああ、そうだそうだ。いやぁ、言われると思い出すんだけどね~」


 はははっ、と笑うギルバートにまたも溜息が出た。


 国の財務に関する全てを統括しているのだから、激務なのは充分に理解している。ギルバートは、普段こんなにもだらしなくてダメダメだが、やるときはやる人物だ。一応。


「いやぁ、イーディスちゃんが来てくれて本当仕事が楽になったよ」

「んもぅ! ギル様が常に力を発揮してくれればもっと色々出来るのにっ」


 ぷりぷり怒れるイーディスだが、ギルバートは全く恐れてはいない。むしろ娘でも見るかのような目でほっこり和んでいる。


 金勘定に厳しいイーディスだが、ギルバートを含めた財務官の間では、アイドル──いや、マスコットのように可愛がられているのだ。


 淡いローズピンクの波打つ髪。ややつり目の瞳は、朝露に濡れた新緑のように鮮やかなグリーンで大きくパッチリしている。ハキハキした性格だが、どこか憎めなくて愛らしい仕草。その姿は、生き生きと咲き誇る花のようであった。


「イーディスちゃんの提案はいつも斬新かつ合理的ですごいよね。一体どこからそんな考えが出てくるんだか不思議だよ~」


 ギルバートの言葉にイーディスはギクリとした。


 今までイーディスが行ってきた改革は、この国では類を見ないものばかりであった。


 定型書式の導入、各部署への定期的な監査、各領地からの納税額を収益に合わせた額に毎年設定し直す。


 このように様々な改革で、王城の財務事情を劇的に変えていった。


──前世の記憶だなんて言えるはずがないよね。


 へらりと笑って受け流したイーディスは、散らばった書類を片づけるべく手を動かした。


「優秀な補佐官がいるから安心安心。さっ、お茶にしよっか~」

「もぉーー! 私は、お茶係じゃありません。限られた税金の中でいかに国をより良く運営するかに命を懸けているんです!」


 イーディスの魂の叫びは、年頃の乙女らしからぬものであった。色気も何もあったものではない。


 国庫管理と運営、そして改革──それは前世からイーディスがやりたかったことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る