その後の旧人類

津川肇

ep1

 五十年以上前、この青い星が失われかけたことがある。宇宙の遠くで起きたガンマ線バーストという爆発のせいだ。例えるなら、それは大怪獣が放った破壊光線が小さなビルに当たってしまうようなものだ。地球のオゾン層はほとんど破壊され、もちろん人類の多くが命を落とした。だがその後、荒廃した地球を管理するため、植物性のマザーコンピュータが開発された。それは星系樹せいけいじゅと呼ばれ、まさにその名の通り大きな樹木のように地球を覆いつくした。そして、あちこちに伸びた星系樹の子機、末端枝まったんしにより地球全土が管理され、少しずつではあるが、この星はかつての姿を取り戻そうとしていた。


「がおー、がしゃーん」

 昔の悲劇など知らぬカイトが、手作りの人形で遊んでいる。私にとってたった一人の孫であり、たった一人の家族だ。一度は絶滅の危機を迎えた私たち人類も、少しずつ生命のバトンを繋いできた。

「怪獣ごっこかい?」

 無邪気に遊ぶカイトに私は話しかけた。

「カイジュウってなに?」

 カイトがきょとんとした顔をする。それもそうだ。やっと再出発したばかりの今の文明には、怪獣も、特撮アニメも存在しないのだから。

「まあ、噛蟲イーターみたいなものだ」

「わるいやつってことか!」

 噛蟲というのは、四十年前に突然現れた地球外生命体で、硬い甲殻と鋭い顎を持つ害悪な存在だ。今ではほとんど見かけないが、五年ほど前までは個体数も多く、かなり手を焼いた。奴らは星系樹を隙あらば攻撃し、その駆逐のためにいくつもの尊い命が散っていった。私の息子であるコウも、その戦いの犠牲となった一人だ。今日は、コウの月命日である。


「じいちゃんはそろそろ出かけてくるから、いい子にしておけよ」

 この地下シェルターの中では、噛蟲に襲われる危険もない。幼いカイトを残して出掛けるのは心苦しいが、まだこの子は連れていける歳ではない。カイトは人形に夢中で、こちらも見ずに「はあい」と返事をした。

 カイトの母親は、カイトを産むと同時に力尽きるように亡くなった。医療の行き届いていない今の地球ではよくあることだった。そしてその一年後、妻のあとを追うように、コウも天へ旅立った。両親の記憶もほとんどなく、まだ死すらよく理解していない孫に、この事実をいつかは伝えなければならない。その時は必ず、お前の両親は強く勇敢だったと教えるつもりだ。命を繋げた母と、敵に立ち向かった父の勇姿を。


 しばらくして、ウイがやって来た。カイトは「ウイ兄ちゃん!」とはしゃぎ、ウイの足に抱きついた。

「ウイ兄ちゃん、いっしょに留守番してくれるの?」

 カイトが嬉しそうに目を輝かせる。

「ごめんね、瀧さんと出掛けなくちゃならないんだ」

 ウイは今も、親しみを込めて私のことを瀧さんと呼ぶ。名字も、漢字も、コウやカイトの世代には必要のない廃れた文化だが、ウイはそんな旧人類の文化を尊重してくれる。

 しょげるカイトに「お土産を楽しみにしててくれよ」と言うと、ウイは優しくその頭を撫でた。

「行きましょうか、瀧さん」

 ウイが私に微笑みかける。五十年前から少しも変わらない、若々しい笑顔だ。

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