神美派Ⅲ
モネの刑も終わってホテルに帰ってきているのだが、鈍痛は未だ残り、しゃがみ込んでその頭を抱えさせる。とはいえ、痛みばかりで頭を一杯にするのもさすがに飽きた。丁度いいものが浮かび上がってくれる。
「さっき……神美派って言ってたよな。すぐに行くのか」
「今日はもう日が落ちてるし、目の前にベッドがあるから明日だよ」
「モネにはずっとベッドがあればいいんじゃないか」
「何か言ったかな?」
「なんでもない」
「ほら、寝るよ。早く起きる必要まではないけど、体力は回復させとかないとだからね」
翌日。
前に体美派の案内人を探していた広場に来ている。着いて間もなく、モネはもう目星をつけていたらしい。一人の男に近づいた。
「ねぇ、おじさん。この広場ってきれいだよね。それに温かい。絵に落とし込みたくなる気持ちもわかるよ」
「なんだね?君は?私はこの瞬間を逃さないために忙しいんだ」
「うーん。そっか。でも毎日描いているよね。飽きないの?」
男はまっすぐ広場を見つめる目をたちまちモネに向ける。手には筆とパレット、引っ被るような所々穴あきのボロ布には白、黄色、黒、水色、緑と絵の具が飛んでおり、何なら被っているニット帽にまで飛んでいた。
「ほう。なんと無粋なことを言ってくれるな。同じ日など一日もない。そうであればこの広場とて同じ光景が広がっているわけもない。例えばあそこに座って談笑している男女、昨日はいなかったし、先週の今日もいなかった。本当にたまに見かける程度だが、どうやら関係が進んでいるらしいことがその顔に表れている。人的部分だけじゃない。あの花、昨日はつぼみだった。この朝日、この長く伸びる影でさえ、本当に極々かすかだが角度も長さも変わっている」
「へー、そうかな。そうかもしれないけど、あまりどうでもよくない?」
「君の最初の言葉はいったい何だったのかね?」
男はモネをさらに広角に捉えてやろうと視界のキャンバスの割合を取っ払った。しかし途端、また絵を描き始めてしまう。
「ちょっと、おじさん?今こっちと話す流れだったでしょ」
「知らん。君も今日の変化だ。描き込まなくては。それに驚くことだが、美しいと思ってしまった」
「ごめんなさい無理です」
「何のことかね」
モネももう、あまり思い通りにいかなかったため、短く息を吐いて去ろうとする。しかし、リベルを見てみると男の絵に興味津々らしく、離れる気がなさそうだ。首根っこを掴んで持っていこうとしても、素早く手を叩き落とされる。何度もそうしているうちにモネも両手を使い始め、その襟を引きちぎらんばかりである。隣でずっとやかましくしているものだから、いい加減雷が落とされた。
「静かにしたまえ!なんなんだ君たちは!邪魔をするならあっちに行けと何度も……ん?少年、君は確か昨日あの適当なストリート絵描きにお灸をすえた者ではなかったか」
モネはパッと手を離してリベルを落とす。それでもなお、リベルは熱心に絵を見続けている。
「何か言ったらどうかね?」
「……」
「私の絵の一体何を見ているのやら。どれ……太陽、か?」
自らの絵の太陽を指さしながら確認を取る。リベルは高速で首肯し、その指もまたはねのける。
「おお。まさかそんなにご執心になられるとは。どこがいい?」
「この太陽は世界を照らしている」
「太陽とはそういうものだ」
「……そういうもの、なんだよな。そうだよな」
リベルは猫のように首を振って、湧き出る何かを落としてみる。そして、男の目をしっかりと見据える。
「おっさん。ぼくも絵が描けるようになりたい。やっぱり確かめないといけないと思うんだ」
「何をだね?」
「ぼくがわからないこと」
男は先ほどまで縦に大きく広げていた口を極限まで横に引き延ばす。
「面白いじゃないか。君は絵を描いてみるだけの価値がありそうだ。ついてきなさい」
男の背にとことこついていくリベルを眺めながら、モネは深くため息を吐く。
「描いてみるだけの価値って、何様のつもり?まったくさ」
さらに一つ大きく吸い込んで、リベルの背を追って走り出す。
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