神美派Ⅱ
「まったく、もうあんな勝手なことしないでよ。今回はうまくいったみたいだけど、他人の作品を乗っ取ったうえに手を加えてまるで自分の作品みたいにするなんてさ、最悪の五歩手前でも殴られることになっただろうからね」
先ほど称賛の拍手を送られずっとニヤついていたリベルであったが、集団から送り出されてからここまで続いているモネの説教によってすっかりしょげ込んでしまった。モネにもきっと褒められるだろうと期待していたというだけに尚更のようだ。言いたいことを言い終わりその様子に気づいたモネは一応、付け足しておくことにした。調子付かれすぎては困るだけであって、このままではこちらとしても調子が狂う。
「うん。まぁ、そうだね。ただ、そのー、あれね。私もリベルのあれはあれで良い作品だとは思うよ?あんな色をとにかくぶちまけたような、こちら側に解釈を丸投げにするような、というか、あーでもそっか。絵、というよりはパフォーマンスメインだったのかな。
ともあれ、「分かる人には分かる良さ」なんて中身のない評価の仕方は私も好きではないからね。そんなのはさ、「目が肥えすぎてしまった自分」という満たされた悲観を見てるだけなんだよ。絵は絵であって鏡じゃないのにね。鏡のちゃんとした使い方を心得てるって面では体美派優勢だね」
「うん……」
気まずい。まだ足りないらしい。モネは今言ったことを頭の中で高速再生して振り返る。確かに、リベルの絵自体を褒めているわけではなかった。両手を叩き合わせ、こちらを向かせる。
「そう!傑作だったよ!たった一本、線を引いただけ!そしてタイトルがゼロ!夜明けを指していることがすぐに分かったよ!すごいね!夜明けは始まりだけどイチじゃないし、かといってゼロでもない。まさしく途中。でもそれは小数点を刻んでいくようなものではない。きっぱりは分けられない。その「始まり」でありながら「始まっていない」ことをなかなかどうして正確に表したものだったと思うよ。あ!ちゃんとちょっとたわんでたのはイチと地平とボーダーを掛けたっていうのも分かってるからね!」
一息に吐き出した息を整えるように見せる。ぜぇはぁ肩を鳴らして、これが興奮に基づくものだと思わせる。少しの間下を見て、不安を確かめるようにリベルに向き直った。
「そ、うか?」
うまくいったらしい。リベルは目を逸らし、少し赤らめた頬をかいている。
「うん!そうだ!この間メモに描いてた絵、ちょうだい!未来の画家に一番先に唾つけたって証にするから!」
「唾!?気持ち悪いぞ!」
「ひどいね!?これはただの比喩表現だから!」
「ヒユ?」
「物の例えのこと。ま、いいけどさ。それで?くれるの?」
「あげない」
「えー、ケチだなぁ」
「ん。モネに言われたくない」
「なんだとー、このー!」
「やめろ。痛いって!」
モネはリベルを脇に抱えて、頭をぐりぐりする。お互いにすっかり笑顔が咲いていた。
「そういえば、モネ、なんかあの時ワーカホリックばんざいとか何とか言っていたけど、どういう意味だったんだ」
「あー、あれね。うん、まぁ、ほら、この間体美派の件が一段落着いたばかりで、今日はそのリフレッシュにしようって話だったでしょ。私はね、この先少なくとも一週間は休みにしたかったんだよ。何も気にかけず、ただ適当にね」
「?別にすればいいじゃないか」
「そうしたいんだけどねー。私さ、一回気になることができちゃうと処理しなくちゃどうも気が済まなくてさ、しかもそれが今後する予定だったことってなるとブレーキ踏み切ってもダメなんだよ」
「今後?」
「そ。さっきのは絵、だったでしょ。次行こうと思っていたのが神美派だったの。だからね、リベルが興味津々に突っ込んじゃったっていうのもあって、もう休みは二の次だなって思ったのを自分で分かったから嫌だったんだよ」
「フクザツだな」
「そうだね。分かってないね。……はぁ」
「痛い痛い!」
止めていたリベルのこめかみに当てていた拳をさっきよりは強めにして再開する。
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