体美派Ⅳ―プール―Ⅰ
「よし!変な人間はいないね。ほら、リベル。入っていいよ」
更衣室から出ての入り口でモネの手によって覆われていた目が解放される。大きな池だ。しかし宿の温泉とは違って、長方形にくり貫かれている。四つ角にはそれぞれ獅子や蛇に鷲、象の石像が立っていた。
人間はほどほどの量だ。両手を広げて水面をたたいても文句を言われないだろう。隣のモネを見やれば、オーバーサイズの半袖をショートパンツに入れ込み、紐をきっちり締める上下黒の地味目な格好だったが、リベルはいい加減耐え切れず、速足で縁へと向かう。だがモネが腕をつかんで止めた。
「こら。プールでは走らない」
「走ってはない」
「屁理屈言わない。じゃ、速く歩かない」
「分かったよ」
見せつけるようにゆっくりとプールに歩み寄り、あと二歩のところに来ると一気に飛び込んだ。リベルは入水の直前、モネの「ああ!だからダメだって!」との声を聞いたが、浮いてくることはなかった。音のこもる中、リベルが鼻から息を吸おうとしてしまってむせこんでいると、腕を強く引かれ空とご対面する。
「だから!勝手に動かないでよ!危ないったらないんだから!」
咳をし終え、呼吸が平常にできるようになったリベルは大変に申し訳なさそうな顔を浮かべ、謝罪を述べた。
「ごめん……」
そのまま顔を背けるリベルにさすがにモネも荒く言い過ぎたかと思い、一つため息を盛大に吐くと平常に戻る。リベルの両頬に手を当て視線を向かせる。
「ほら。見てみなさい。ど?似合ってるでしょ」
「それはどう判断すればいい?」
「ええー。きれいとか、かっこいいとか、あと……かわいいとか思ったんならそうなんだと思うよ」
「全部ないな」
「ひどくない!?まぁ、確かに。あんまりこんな知らない男も混じってるところでそんなに露出をしたくなかったし、目立ちたくもなかったからわかってはいたんだけどさぁ。もう少しなんかないの?」
「特にない」
「即答!?……はぁ、もういいや。そんなにこだわることでもないし。それじゃ、折角だから泳ぐ練習でもしてみよっか。まずは水中で息止めから始めよ。見てて」
言うと、モネは大きく息を吸って水中に潜っていった。水面に泡が立ってくる。しばらくして上がってきた。
「こんな感じ。一番注意すべきは水に入ったら鼻でも口でも息を吸おうとしないこと。とりあえずは、もう息止められない―って思ったら床に立つつもりでいれば上がってこれるよ。じゃ、始め」
リベルは一つ頷いて見せ、モネ同様に潜っていった。ただ、モネと違ってほんの少しだけしか経っていないにもかかわらず、苦しくなって上がる。ぜぇはぁぜぇはぁ言っていたがモネはまず褒める。
「よくやったね。いい感じだよ。ついでに言うと息止めが苦しくなってきたら、息を吐いていくともう少し長く潜れるよ。じゃ、次はレベルアップして潜った後、浮いてみよっか」
口を拭って、リベルは聞き返す。
「浮く?潜ってるのに?」
「んー、顔を水につけたまま、背中が水から出るようにって言えばいいのかな。なんにしても見本したほうが早いか」
モネが潜って、浮いてみせる。
「なんとなく分かった」
言ってリベルが潜ってきたが一向に上がってこない。またモネが腕から引っ張り出す。
「ええっと。まさか、カナヅチ?」
「なんだよ、カナヅチって?」
「水中で浮けないヒトってこと」
なおも納得のいっていない様子である。
「全身の力を抜いてみて。あと、潜らなくていいよ。水の上に仰向けになって寝る感じでね。君ならできるよ」
リベルは言われた通りにしてみると、すぐにできた。
「おお!これはすごいな!なんだかすごい気持ちがいい!」
「そっかそっか。それじゃ、今度こそ潜ってから浮いてみよう!」
これもまたすぐにできた。
「じゃー、次はー?バタ足!これができればあとは大抵何とかなる!」
また見本を始める。潜った状態から浮き、足を交互に激しく、とにかく激しくバタついてみせる。リベルからしてそれで進んでいっているために大変に驚いた。五メートルほど行ったところでモネが上がる。
「こんな感じ!やってみて!」
真似をしてみるも、やはりすぐにはうまくいかなかった。進むは進むが、どういうわけか、どんどん床に突き刺さっていく。また引き上げられる。
「やっぱり難しいか―。それじゃ、手、出して。私が引いてあげるから。あ、顔は私の方向いて大丈夫だよ。その方が溺れる心配しないでバタ足に集中できるでしょ」
なおも苦戦したが、笑顔で先導してくれるモネを見つつであったから、そこまで苦ではなかったらしい。リベルの顔もとても朗らかであった。しばらくの時間がかかるものの、バタ足をマスターする。モネの調子もどんどん上がってきていた。
「よーし!次はビート板で上半身を浮かせながらのバタ足だよ!」
その後は、蹴伸びからクロールまでリベルは仕込まれることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます