第8話監視…

「浮気はしてない?」

仕事を終えて自宅で休んでいると突然、君美から通知が届く。

「してないよ」

簡潔に答えると彼女は物騒な文章を送ってくる。

「監視されてるの気付いてる?」

「え…?誰に?」

「私が雇ったのとそれ以外にもう一組いるらしいよ」

「雇った!?そんな事する必要ないでしょ…」

「信用できないから。今だって私以外が雇った誰かが流さんを監視しているんだよ?それを信じろって言うには無理があるんじゃない?」

「たしかに…」

それだけ返事を送ると僕はカーテンを開けて外を眺める体で辺りを確認した。

目立った人影は存在せずに君美の嘘かと思ったがそうでもないらしい。

「今カーテン開けたでしょ?監視されてるって分かってくれた?」

「そうみたいだね…それでキミちゃんは僕に何を求めているの?」

「他の女性と関わらないで」

「それは無理だよ。職場にも女性は居るし…完全に女性を拒絶することはできないでしょ?」

「そういうことじゃなくて。プライベートでの話」

「善処します」

それだけ送ると僕は自分が追い詰められていることを遅ればせながら理解する。

君美は絶世の美女であるし彼女と付き合うのは何も問題はない。

むしろ願ったり叶ったりである。

だがこの地雷ヤンデレ系の部分が治まってくれたら尚良しなのだが…。

しかしながら彼女は初めから自らをストーカーだと名乗っていたようなもの。

問題を抱えていたのは承知の上で僕は彼女と恋人になったのではないだろうか。

それを思い出すと僕は今後の身の振り方を考えるのであった。


翌日の電車で中道と遭遇する。

「奇遇ですね。今日も一緒で嬉しいです♡」

明らかに頬を緩ませて微笑む彼女に会釈をすると僕らは車内で揺られていた。

「恋人とはいい感じですか?この間、私と食事に行って喧嘩とかしていませんか?」

「それは問題ないです」

「それは?」

勘が鋭い彼女は言葉の揚げ足を取るように僕に質問をすると笑顔を向けてくる。

「いや…何ていうか…監視されていまして…これを言って問題ないのかわからないんですが…」

「誰に監視されているんですか?」

「正体不明ですが恋人が雇ったとは言っていました…」

「自分で言う恋人さんも中々に強気ですね」

「そうですね…」

小声で話を進めると僕らは会社の最寄駅に到着してその場で別れる。

「また連絡しますね」

それに相槌を打つと会社の方角へ足を向ける。

「やっぱり恋人なんじゃないですかぁ〜」

後ろから聞こえてくる神童の声に嘆息すると僕は首を左右に振る。

「そんなんじゃない。彼女が痴漢されている所をたまたま助けただけで恋人じゃない」

正直な事情を口にすると神童は物わかりよく頷いた。

「それじゃあ他に恋人が居るんだぁ〜」

「なんでそう思う?」

「だってあれだけ好意を向けてきている人になびかないんですよね?じゃあ他に恋人が居るってことじゃないですかぁ〜」

何の気無しに答えに辿り着く神童はそれを口にして僕の隣を歩く。

「好意を向けられてるかな?」

「私にはそう見えましたけど?」

質問をしても明確な答えが返ってくるわけでもなく世間話程度に話を終えようとしていると神童はもう少し踏み込んだ言葉を投げかけてくる。

「恋人ってどんな人ですか?もしかして課長ですか?」

「いないし、そんなわけない」

「えぇ〜ホントですかぁ〜?」

やる気のない様な態度で僕の心に踏み込んでこようとする神童に嫌気がさすが僕はどうにかやり過ごしながら会社に到着するのであった。


神童は問題のある社員であるのだがバリバリに仕事ができる。

ギャップがあるように思えるが本来の彼女は真面目でやる気のある人間なのだ。

ただ男性が関わると問題が生じてしまう。

使い所を間違えなければ彼女は会社でも重宝される人材なのである。

「今日の会議までに打ち合わせをしておきたいのでデスクまで来てもらっていいですか?」

九条栞の言葉に了承の返事をすると僕らは課長室に向かう。

「恋人に監視されているんですか?」

九条はふたりきりになると急にネタバラシのような言葉を口にする。

「ということはもう一組の監視は…」

「はい。そうです。私の身内です」

「何故そんなことを…」

「女性関係をリセットしてくださいと命令したはずですよ?」

「ですが…」

「言い訳は結構です。従えない場合は…」

九条はそこで言葉を区切るとキッと僕を睨めつけてその言葉を口にする。

「お父様に頼んでクビにしてもらいます。職を失えばお金にも困るでしょ?私が養ってあげますよ」

「いえ…」

どう乗り切ろうか悩んでいると九条は続けざまに口を開く。

「だから女性関係をリセットすれば良いんですよ」

やはり逃げ場のない状況に追い込まれている僕には選択肢が少なかった。

「善処します」

そう答えることしかできない。

だが本当にそれに従うわけにはいかないのだ。

それなのでこれからものらりくらりを続けなければならない。

そう考えが纏まるとそこから会議のことについて打ち合わせを進めるのであった。


会議が恙無く終了すると社長に呼び止められる。

ふたりきりになった会議室で社長は重い口を開いた。

「娘がご執心らしいな」

「えっと…」

「隠さなくていい。娘に直接言われた。だが以前言った通り…」

「承知しております」

社長の言葉を遮るのは失礼だと分かっていても自らの立場を理解していることを早く示したかった。

「あぁ。だが事情が変わった」

「どういうことでしょうか?」

「うん。娘がな…」

「はい」

「鏡と付き合えなければ家を出ていくと言うんだ」

「………」

何とも言えない話に僕は何も言えずに居ると社長は再び重たい口を開く。

「もしお前が前向きであるならば良くしてやってくれ」

交際の許しのような言葉を耳にして僕は絶句する。

その言葉を最後に社長は会議室を後にする。

僕は思わず嘆息すると八方塞がりな状況に頭を抱えた。

「浮気は許さないからね?」

急にスマホが震えて画面を確認すると君美から不穏な通知が届いた。

「大丈夫」

簡潔に返事をすると会議室を後にするのであった。

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