第34話



イチサイド


ねぇさんが病院に向かうため楽屋を後にしてもソラとリノンは激しく言い争い、今にも掴み合いになりそうな勢いで揉めていた。


SR「あんたワザとでしょ!?」


リ「はぁ?証拠でもあるの?あの人さ男の事に必死で仕事に集中してなかったんじゃない!?」


SR「はぁ!?ねぇさんがそんな事する訳ないでしょ!?」


i「やめろ。もうすぐ収録だ…とりあえず今は準備しよ…?」


俺がそう言うと2人は言い合いをやめ、それぞれの仕事に戻った。


そんな2人を見届けた俺がため息混じりに椅子に座り頭を抱えると、ナオが俺の横に座り小声で話してきた。


N「イチさん…ねぇさんが…リノンの標的にされてる…」


やっぱりナオも気づいてたか…


俺が頭を抱えた原因はこれ。


俺も慣れない手つきで手伝っているねぇさんが心配で見守っていたその時…


リノンがねぇさんの腕にアイロンをわざと当てて微かに笑っているのを見てしまった。


i「うん…分かってる。」


N「リノン…ここ最近は大人しくしてると思ってたんですけどね…ねぇさんたぶん迷惑掛けたって自分を責めて落ち込んでますよ…あの人そういう所あるから…」


i「うん…それも分かってる。」


すると、ナオは小さなため意を落として楽屋から出て行った。


なんとか無事に収録は終わったが、ジュイとトウジの顔色は終始真っ青で、収録中に2人とも倒れてしまうのではないかと俺は内心、ヒヤヒヤと心配していたがなんとか持ち堪えた。


楽屋に戻るとリノンはまだ楽屋に残っていて、俺はそんなリノンに気づかないフリをしてメンバーよりも先に荷物をまとめて先に楽屋を出た。


i「ごめん。先に出るわ。おつかれ。」


「おつかれさまです。」


俺は廊下にいたセイジさんに寄る所があると伝えて1人タクシーに乗り込みその場所に向かった。


場所は知っていたが訪れたのは初めてで少し緊張し微かに震える指先でインターホンを押した。


「はーい!」


思ったよりも元気そうな声で扉を開けてくれたのは俺の大好きな…ねぇさん。


i「ねぇさん、病院どうだった?」


*「イチ!?1人で来たの!?と…とりあえず中に入って!」


ねぇさんはマンションの廊下に出てキョロキョロと周りを気にしながら俺を部屋の中へと招き入れた。


J「大丈夫だよ?ちゃんと変装もしてきたし!どうせまだ何も食べてないだろ?チキン買ってきたから一緒に食べよう?」


俺がそう言ってチキンの箱を見せると少し困ったように眉をハの字にしてねぇさんは笑った。


*「うん。ありがとう。」


ねぇさんは冷蔵庫から飲み物を持ってきてテーブルの上に置き、俺はチキンの箱を開けてねぇさんの前にチキンとポテトを置いた。


i「病院どうだった?ヤケド…跡残るって?」


*「ううん…たぶん大丈夫だろうって…。明日から普通に仕事してもいいって言われたし。」


i「そっか…なら良かった。」


俺たちはたわいもない話をしながらチキンを食べたが、やっぱりどこかねぇさんの顔には元気がなくていつも明るい笑顔のねぇさんが悲しそうな顔をしている。


*「ねぇ…イチ?」


少しの沈黙のあと、ねぇさんの呼びかけに俺は顔をあげる。


i「うん?」


*「ジュイなんだけど…大丈夫そうだった?連絡しても…返信…来なくて…」


俺には連絡をくれなかったねぇさんがジュイには連絡してたんだと思うと、ジュイに少しだけいや、カナリ嫉妬した。


i「うん。元気そうだったよ?」


だから俺はズルイ嘘をついた。


本当のジュイはねぇさんのことを心配しすぎて今にも倒れてしまいそうだったのに…それをなぜかねぇさんには伝えたくなかったんだ。


*「そっか…ならいいの。ごめんね。」


ねぇさんのその顔をみて俺は気づいたんだ。


ねぇさんはもう…間違いなくジュイを弟としてじゃない男として見てるって事に。


それはもう勘違いでもなく、ねぇさんにあんな顔をさせてしまうジュイが俺は羨ましくて仕方なかった。


i「ねぇさん…最近、綺麗になったね…?」


*「え?急になに?やめてよ。」


i「キス…しよっか?」


*「え?」


俺の突然の言葉にねぇさんは驚き固まる。


i「ねぇさんはジュイが好きなんでしょ?俺…ねぇさんのこと好きなのにそんなの辛いじゃん?だから…キスしよ?最初で最後のキスで…俺のこと…この魔法から醒めさせて…?」


ねぇさんごめんね……


俺、本当はあの魔法の角砂糖…飲んでないんだ。


あの角砂糖を飲んだのはあの3人だけで俺は何も入れなかった。


でも、ユウやハヤトがいきなりねぇさんのこと好きだなんて言い始めるから、焦った俺はつい、そんなくだらない嘘をついた。


ずっと…ずっと昔からねぇさんのことが誰よりも大好きで俺の初恋だったから。


*「うん…分かった。」


素直で純粋なねぇさんは俺の嘘を疑うこともなくそう言ってゆっくりと俺に近づいてくる。


それだけで俺の胸は早まり息が苦しくなる。


そのキスは俺の恋心の終わりを意味しているのに。


そして、俺の唇に遠慮気味にチュっと触れたねぇさんの柔らかい唇。


ゆっくりと目を開ければ不安そうに俺を見つめるねぇさんがいた。


*「イチ…私のこと…どう思う?」


俺の目を見てそう問いかけるねぇさんに微かに震える手をグッと握りしめて俺は答えた。


i「もう…好きじゃないよ…」


そう言うとねぇさんは少し泣きそうな目をして笑った。


*「よかった…イチも魔法から醒めた。」


i「うん…じゃ、俺帰るわ…」


*「え?チキン…まだ食べてないじゃん…?」


i「もう、いらないよ〜じゃねぇ〜!」


俺はわざと明るく戯けてみせてねぇさんに背を向けるともう、二度と来ることのないねぇさんの部屋を出た。


ねぇさん…俺…ちゃんと…笑えてたかな?


そして廊下に出た俺はひとり、震えながら声を殺し涙を流した。


つづく

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