第二話 生まれ変わりは女子中学生。
景色が赤く染まる夕暮れ時の川沿いの桜並木を、ふたりの女子中学生が歩いていた。
桜を失ったこの通りは、この時間であっても暖かく感じられる季節となっていた。
「暖かくなってきたわね!杏子!」
と問いかける少女の夜々川桜子(よよかわ さくらこ)は背が高く、すらっと伸びた長い足が中学生とは思えないほどに大人びた雰囲気があった。
杏子と呼ばれる隣を歩く小さな少女は夏月杏子(なつき あんこ)。桜子とは幼馴染の親友で毎日一緒に登下校をしているが、今日は何気ないその言葉に気温とは違う暖かさを覚えていた。
「そうね。」
優しく返す杏子は長く癖のある茶色がかった髪を優しく耳にかけ、西洋人形の様な可愛らしい顔を桜子へ向ける。
「なんだろうこの感じ」夏月杏子は何か違和感を感じていた。
桜子の声を聞くと心の内奥を握られるような苦しさを感じた。
「ねぇ。杏子、こんな綺麗な夕陽を見ていると昔の思い出が蘇ってこない?」
その言葉で夕陽に目を向けると、確かに懐かしさを感じていた。
しかし、はっきりと記憶がないため、はぐらかすかのように答える。
「どうしたの?初等部の頃から一緒に帰ってるから…その頃の思い出ってこと?」
「なんか最近、おかしなことを言うね。」
と小さく微笑んだ杏子は優しい笑顔を向ける
「ごめん。なんでもない。最近昔を思い出すことがあってね。」
と作り笑いをしながら返す桜子は、凛とした涼しげな普段の表情からは幾分か違和感があった。
「何かあったの?」
そう答えると「いやー気にしないで。」と笑い返す桜子の瞳はどこか寂しそうであった。
桜並木を超えて閑静な住宅街へと入った、姉妹のように見える二人組は幼馴染で家も隣同士ということもあり、同じ方向へ歩みを進める。
帰宅道も終盤に向かう途中、突然小さな少女に異変が起きる。
桜子も隣にいたはずの杏子がいないことに気づき、後ろを振り向く。
ずーんと頭に割れるような痛みを覚え、うずくまってしまっている。
急いで駆け寄り声をかけようとした時、夏月杏子は今までのお淑やかな表情や佇まいから一変した。
桜子にとってその一変した雰囲気は待ち望んだ懐かしい姿であった。
「大丈夫、杏子?もしかして?記憶戻ったの?」
小さな少女は全てを思い出し、現世に戻って初めての言葉を発する。
「…全て思い出した。お前にまた会えるなんてな。」
その言葉を聞き、安堵した表情となり桜子の丸く大きい瞳を涙がつたった。
「いてて。つかなんで俺が女の子なんだよ!あの神!そういうことだったのかよ!」
過去の記憶と現在の杏子の記憶が入り交じった。頭の痛みが引くにつれ全てを理解する。
体が小さな少女になった事に納得のいかない男を見て、桜子となった妻は涙を指で拭いながら微笑んだ。
「どんな風になろうとも愛しあう自信はなくなった?」
「いや。そんな事はない。今こうして記憶が戻っても、かつての気持ちに変わりはない…ただ」
少しの間を置き元男の少女は天を仰ぎながら叫ぶ。
「少女よりクマとかゴリラの方が良かった!」
180センチをゆうに超える身体に、仕事で鍛えられた腕はTシャツ袖の隙間を無くすほどであった彼からしたら、150センチに満たない身長に華奢な身体から見る世界はとても恐ろしいものであった。
「なんかみんな高いし!こんな腕じゃ自分の身すら守れないよ!男の人とか近づいてきたら怖い。」
そして、杏子は静かに続ける。
「それに…こんな姿じゃお前のこと守れないよ。」
俯き話す杏子に桜子は真っ直ぐと目線を強く向けて話す。
「なにも心配なんていらないわ。私が守ってあげるから。それに私も貴方がどんな姿でも変わらずいられるから。」
夕陽が放つ光を背で受けるようにしてこちらに手を伸ばす彼女を見て、杏子は懐かしい暖かさを思い出す。涙目がちな顔に笑顔が戻っていたことを桜子自身気づいていなかった。
ふたりは無言でお互いの温もりを思い出すように抱き合った。
心の安らぎがどこにあるか、知っているふたりは時を忘れてお互いの体温を感じられるこの状態でいたかったのだ。
しかし、不意に桜子がこの平穏な状態を壊す。
「かわいいね…よしよし」
杏子は咄嗟に女から身体を離した。未だ自分の姿をやっぱり認めたくないと思った彼女は叫ぶ
「やめろー!!!」
お互いの家の前に着いた2人は、また明日とお別れを言う。
「やっぱり変な感じだ。昔みたいだな。」
「ほんとにそうね。また中学生やってるわけだし。」
「しかも今度は同性で…」
桜子の目線を外しながら小さく呟く。
「いいじゃない。そんな2000年に1人の美少女になれたんだから。楽しもうよ!」
あながち間違えではない言葉に杏子は答える。
「それもそうだな。美少女生活楽しむことにするよ。」
杏子は最後にひとつの疑問を問う。
「お前はいつ記憶戻ったんだ?」
桜子は答える。
「あなたが戻る2週間前位かな?それにあなたの正体、すぐにわかったから記憶戻るように一生懸命だったのよ。」
杏子の記憶から色々やっていた事もわかっている。
「たしかに2週間くらい前からお前に違和感を持った記憶があるな。なぜ俺ってすぐにわかったんだ?」
生まれ変わった妻は昔と変わらない微笑みを浮かべながら返す。
「だって記憶の戻らない杏子って昔のあなたにそっくりだったもの。」
「見た目が?」
桜子は整った顔を崩しながら笑った。
「そんなわけないでしょ?雰囲気とかよ。」
とりあえず今日はこの辺にして、お互いの家に帰ることとした。
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