空と海
少し冷たさを含んだ風は、シロの全身に海特有の磯の香りを叩きつけてくる。押し寄せては引いてゆく水は、少しべたついていて海水だと主張してくる。しかし、シロの目に映る海は、灰色の絵の具を洗った、バケツの水のような色だった。
「どうしたの? そんな、ぼーっとして。やっぱり違和感がある?」
シロは静かに頷いた。
「……海が青いって常識があるから、これが海って言われても『これは海なのかって?』思っちゃう」
正直に海の印象を話すシロに、クロは大きな笑い声をあげた。
「そうだよね、やっぱり灰色の海だとちょっと違うって思っちゃうよね」
クロは、笑い過ぎて少し滲んだ涙を右手で払うと、シロのセリフに同意を示した。そして、シロから少し離れると手のひらを水につけ、シロに向かって思い切り振り上げた。飛沫は見ごとにシロへと襲い掛かり、シロに「キャッ‼」と悲鳴を上げさせた。
「ぼーっとしてたらまた掛けちゃうぞー。悔しかったらやり返してみろー」
クロは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「確かにせっかく海に来たのに、ぼーっとしてたらつまらないね。それに、クロに水掛けられっぱなしじゃ納得できないよ」
シロも、クロに対し好戦的な視線を向けた。
目を合わせて睨みあう二人だったが、どちらともなく水の掛け合いを始めた。お互いに容赦なく水を掛けたせいで、太陽が真上に登るころには、どちらも濡れてない場所を見つけるのが大変なほどずぶ濡れになっていた。
「そろそろ疲れたし、ちょっと休憩しようか」
「そうだね。クロにもたくさん水を掛け返せたしね」
二人は全身雨中のように水を滴らせていたが、その顔は晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「そういえば、クロって私にこの光景を見せたかったの? 遊ぶのは楽しかったけど、モノクロのグラデーションになってるだけのこの風景は少し地味じゃない?」
シロの眼前には、水平線までひたすらにグラデーションが施された、海と空が広がっているだけだった。
「いや、シロに見せたいのはちょっと違うんだ」
クロは自分のワンピースについたポケットを弄ると、一つの青い球体を取り出した。
「なにこれ? ビー玉?」
クロがシロに球体を渡すと、シロはまじまじと観察した。
「そう。これはビー玉だよ。……それにこれはただのビー玉じゃないんだよ」
クロの言葉に、一層じっくりとビー玉を観察した。
「……あれ? 色がついてる」
「そう。なんとこのビー玉には色が残ってるんだ。このビー玉、のぞき込んでみてよ。あ、太陽見たら失明しちゃうかもだから駄目だよ」
シロは言われるがまま、ビー玉を覗き込むと、青空と青い海が広がっていた。
「空に、海だ」
シロは思わずといったようにつぶやいた。
「綺麗でしょ。シロにこの光景を見せたかったんだ」
クロは声を弾ませて、シロのほうをニコニコとみていた。
「ありがとう。とっても綺麗だった。でもそんなものどこにあったの?」
シロは不思議そうな表情を浮かべ、クロに問いかけた。
「前に家中整理したことがあったんだけど、その時にたまたま見つけたの」
「そうなんだ。そのビー玉だけ色があるの不思議だね。ここまでモノクロな世界だからすごく異質な感じがする」
シロは、モノクロの世界に慣れつつある自分に少し苦笑した。
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