27.悪魔と借り

「とにかく教えろよ。おまえが昨日やらかしたことを。そしたら、こっちも事情は話す」


 控えめな口調で、横目に僕を心配そうに見つめるグッデ。

 僕達は一方的に聞き役に回った。少しは少年の興味を引けたようだ。


「昨日おまえらを助けたのはたまたまだ。悪魔の気配がしたんで、そいつを探してたら、図書館の様子がおかしいと、通報があってついでに見に行った。町長からは夜中に生える木を何とかしてくれと頼まれてたし、そのついでも兼ねてな」


 偶然と、頼み事に振り回される男か。そっけない振る舞いは多忙故なのだろうか。


「ベランダにいたおまえらを魔法で助けたとき、図書館の木が中核だとわかった。夜な夜な生えてきた木は二、三日観察して分かったが、どれも根の部分だ。本体はどこか別にあるはずと俺は踏んでたから、助かったよ。悪魔は取り逃がしたみたいだけどな」


 何となく理解できる。結局、僕達は骨折り損だったわけだ。

「悪魔っているの?」

 おずおずと尋ねる。


「いるから、俺がそいつらを消してる。これだけ言えばいいだろ」

 それなら一度は見てみたい。どんな風変わりな風貌だろう? 興味もあるが、僕は恐ろしい想像をしてしまう。俯き加減で呟いた。


「どんな姿か分かる?」

「知りたいなら教えてやるけど、どうせおまえらじゃ分からない。見た目はほとんど人間と変わらないからな」


 僕の肩が震えている。果てしなく嫌な予感がする。僕の中で悪魔と認識したのは、火事の日だ。レイドが眉根を寄せて問う。

「昨日会ったのか?」


 おかしなことを聞く。確か昨日は斧の男と、ピエロに出会った。殺人犯は斧の男だったが、あれは人間のはずだ。いや、待てよ。バルコニーに出た矢先、左右違う靴を履いていた黄緑色の髪の男が現われて、すぐに消えた。


「あいつか」

 つい大声で叫んでしまう。

「見たんなら大体分かるだろ。とがった耳、黒いコウモリの羽を持つ」

「それ違うぞ!」


 グッデが抗議する。確かに少年の言う悪魔像と違う。

「最後まで聞け。それは隠そうと思えば隠せるからな。あと爪が長いとかも」


 そこまでは気づかなかった。第一、そんな細かいところまで眺める時間はなかった。

「他に特徴はないの? 髪が白いとか」


 小さく呟くつもりが、自分の声は切羽詰ったように聞こえた。

「悪魔はファッション意識が強い。それもファッションなら、可能性はある。見た目も派手だが、あいつらは根が腐ってる。


 性格であんなにはっきり分かる種族も珍しい。あんな残虐なやつらは他にないだろうな。人間を殺し、食らうだけでなく、ときには人間を従え、悪事を働く」


「ひょっとして斧のおっさんは?」

「木に呑まれてた男か。あれもそうだろう。悪魔に服従を誓った大馬鹿野郎だ」

 言われてみればあの男は奇妙な目をしていた。人間の目があんなに赤くは光らない。

「もう一つ、人間との最大の違いがある」


 どんな違いがあるのかとオウム返しに尋ねてしまう。

「やつらの血の色だ。やつらの血は黒い。本当は赤色で、空気に触れると色が黒くなるけど、どの道、黒には変わりない」


 そんな不思議もあるんだなと思った。

「それじゃあ鼻血が出なきゃ分かんねぇな」と、ふざけるグッデ。

「お前らはな。俺みたいに慣れれば分かる」


 グッデの頭に血が上ったのを知ってか知らずか、少年は話題を変える。

「それより、こっちの質問に答えてもらおうか。さっきのは手品でも何でもない。そうだな?」


 体調が悪くなってきたように顔が強張る。問いただされるような事態は避けたかった。いや、こうなると分かっていたから気分が優れないのだ。嘲笑うかのように少年が鼻を鳴らす。


「原因を探るために旅に出た。ってところか。先に言っておく、さすがに俺も分からない。不死身の一族でない限りな」


 不死身の一族か。そんな人がいたら是非会ってみたいものだ。物思いにふけっていると、少年が僕の思考をぴしゃりと遮った。

「借りは返せよ」


 突然何を言い出すんだ?

「昨日助けてやっただろ。今度会った時でいい」

「何て恩着せがましい野郎だ」


 また、グッデのボルテージが上がる前に僕は制止した。

「君、名前は?」

 本当に返す気かよ。と、グッデが悔しそうにうめく。

「レイド・オーカスティク。お前らは何て言ったか?」


 グッデが敵意丸出しで鼻を鳴らす。ので代わりに自己紹介した。

「バレ・シューベルト。こっちはグッデ・シュパウン」


 レイドは不適に笑い、去っていく。僕達も生い茂る草むらに入った。グッデは二度と会うことがないように願いながらだけど。

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