第二章 帰らずの図書館

13.車輪の家

 木々が少しずつ多くなった。道はだんだん獣道になる。静かな時間が流れている。小鳥がさえずる朝が来た。


 昨日のことがまだ信じられなかった。考えれば考えるほど、あり得ないできごとだったので、とりあえず血で染まった服を昨日の内に着替えておいて、今朝からぼーっとしている。


 ずっとそうしているのもなんなので、小道のわきに座ってサンドイッチを食べることにした。


「あの人はグッデ。きっと水、月夜の要姫だったんだよね」

 グッデはサンドイッチを喉に詰めてむせる。


「な、な何だって、あの姉ちゃんが、水、月夜の要姫だぁ?」

「気づかなかったの?」

 グッデは首を大きく縦に振る。


「だってほら、あの人は水の法のことを私の掟って言ってた。それにあの魔法見ただろ?」


 何か考えているような顔してグッデはため息をついた。

「あのめちゃめちゃ美人なあの人が水、月夜の要姫だったのか。あーあ。あんな美人に会えるチャンスなんてめったにないのに、何でおれ告白しなかったんだろ?」


 クスッっと笑ってしまう。グッデは本当いつも笑わせてくれるのだ。お礼にちょっとからかってやった。

「そんなこと言って、告白したこと一度もないくせによく言うよ」


 顔を赤らめるグッデ。

「な、何をバカなことを。おれだってな、過去の記憶を辿れば一度ぐらい」


「あるの?」そんなこと初耳だ。

「覚えてない」

 また笑ってしまった。ただ今度のは大声で。


「何が過去の記憶を辿ればだよ。覚えてないのに」

「悪かったな、覚えてなくて」

 何だか楽しくて笑ってしまう。


「でもよ。昨日のこと信じられねぇよな」


 昨日のことで思い出した。水色のコイン。どこの通貨だろう? 十字架に月。要姫の紋章だろうか。ジェルダン王にもあるのだからきっとそうだ。だが、これはどういう時に使うのか疑問だ。。この地域の通貨はどこもだいたい銀貨だった。


 それと、ジェルダン王。要(かなめ)姫と同じ四大政師(よんだいせいし)だった。お互いの実力から言えば納得できないわけではないが、同じ立場の二人がどうして対立していたんだろう。


 共通して言えることは、二人とも強い魔法使いだということだ。


 グッデがサンドイッチを口に入れ、隣町に向かう間ずっと考えていた。でも、到底答えは得られない。隣町ブルエリーに着いたのは、ちょうど昼頃だ。それほど大きくない町だったが商業が盛んで、活気に溢れる町だった。


「なぁ、バレ。おれこういうとこ住みたい」


 グッデはそこら中にある、お店を全部眺めながら言った。一軒ずつ見ていたら日が暮れるというぐらい、店がごった返している。パン屋、八百屋、魚屋。それだけじゃない。


 小さな小物を扱う店から、大きな機械の製造をしている店といった幅広い品揃え。しかもそれらの店全てが車輪つきの屋台というのが驚きだ。しかしそれだけではなかった。家もだ。家の下の方に車輪がついている。


「立ち止まってどうした?」

「走るのかな?」

「これって家か?」


 もう少しで腰を抜かすところのグッデがゆっくり車輪に歩み寄る。鉄でできている車輪は、近くで見ると意外に大きくて、本当に走り出しそうだ。


 車輪は玄関を除いて家を囲むようにたくさんついている。家を眺めていると、家の窓が開いた。若い男の人が顔を出す。


「あ、すみません。そっちに下がるからどいてもらえます?」


 全身を駆け巡る衝撃で動けない。家らしからぬ、歯車が回る音。家全体がせり上がっていき、必要な車輪のみが降りて来る。

「どかないと、ひいちゃうよ」


 完全に見入っていた。ガタガタと揺れながら家が動き出す。家は数メートル動き、広場で止まった。若い男が不思議そうに聞いてきた。


「何か家に変な物でもついてる?」


 二人同時に頷いた。なぜ家に車輪がついているのかと、その男に尋ねてみた。


「もしかして君達この町初めて?」

「今来たばかりです」


「初めてだったら驚くのも無理ないな。あ、よかったら、うちの中入ってみる?」


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