11.水の魔法
無情なほど、女性はこちらを気にかけていない。ちらりと見ただけだ。
「おや、久しぶりだな姫さんよ。すぐに駆けつけてくるだろうと思っていた。お前とはずいぶんと長いつき合いだ」
女性は冷笑した。
「私だってあなたの行動ぐらい読めるわ。ここに私の掟を破る愚か者がいるんだもの。あなたが人質にすることぐらい分かるわ」
グッデがショックを受けている。相手が女の人だといつも失恋したみたいに落ち込むのだ。
「まあ人質はよくある戦法よね。でもそろそろ、あなたにつき合うのに疲れたわ。だから、今日で終わらせましょう。」
ジェルダン王が僕らの後ろに姿を現した。たまらずグッデが叫んだ。血まみれの手で頭をつかまれたのだ。今初めてジェルダン王の顔を見たのだ。たちまち悲鳴を上げるのも無理はない。ジェルダン王は構わず話をする。
「おいおい。そんなでかい口を叩くとこいつらを殺すぞ」
「あらそう。じゃあ、さっさと始めましょう」
女性は平然とした顔で扇子を扇いだ。信じられなかった。風は水の刃になり、こっちに飛んでくる! これはもしかして人質を無視しているのか? もしかしてじゃない。本当にこれは! 死を覚悟した。
数秒後、お互い恐る恐る確認しあった。まだ生きてる?
「何ぐずぐずしてるの! さっさとどきなさい!」
女性に怒鳴られ、大きな手とジェルダン王がかき消されていると気づく。まさかこの人が怒鳴るような人だとは思ってもみなかったので、助かったという喜びより、怒らせてはまずいという警鐘で動いた。
「逃がさん!」
すぐ後を消えたはずのジェルダン王が地面から湧き出て追って来る。女性はきらめく霧を扇子から発射させた。あのジェルダン王の顔が蒼白になる。白い霜に覆われ、血の肉体が凍りついていく。さっきまでの暴れようが嘘のように大人しくなって固まった。倒したのか?
「姉ちゃんすげぇ。何やったの?」
興奮したグッデの問いには答えず、冷たく鋭い視線が返って来る。さすがにグッデも黙り込む。
唐突に、風が吹いた。女性の顔に緊張の色が浮かび上がる。氷づけになったジェルダン王はもう動かないというのに、生暖かい風が嫌な予感をさせる。
「まだだ」口から言葉が突いて出た。
グッデだけでなく、女性も驚いてこっちを見る。
「まだ、あいつは生きてる」どうしてか分からないが確信に近いものがある。女性の探るような視線を感じて、軽く口走ったことを後悔した。そういえばこの人は味方なのか? 僕達を助けてくれたけど。
「生きてるわね」
誰に語るでもなく女性がそう発した。そう、これこそが味方なのか分からないところなのだ。あまり相手にしてくれないところとか、何となく冷たいところとか。
風がこめかみを撫でる。突然突き飛ばされた! 不意を突かれて、見事に転んだ。何だ? 今度は何だ?
ジェルダン王の笑いに続いて姿が現れた。女性に絡みついている! かばってくれたのか。でも、ジェルダン王の体は、人型のまま先ほどからずっと凍りついているままではないか。
「なかなかのものじゃないか。しかし、惜しかったな。私は意志を持つ血液。体など持たない」
後ろ手に腕をねじ伏せられても、女性は冷静だ。
「でも、さっきまで使っていた血液は使えないわ。たとえ氷を溶かしてもね。血液中の赤血球は0・9%以下の濃度の水と混ぜると内側から破裂する。当然私の水は不純物ゼロの純粋な水よ。あなたの大事な血のコレクションが少し減ったわね」
ジェルダン王は歯は持たないので口の奥を覗かせて笑っている。
「そんなことぐらい分かる。扉の周りに年中雪を積もらせていたのも、万が一私が逃げた時に水に変えるつもりだったのだろう。悪いがそうなる前にこちらから蒸発させてもらった。それに、まだまだ血はある」
血の腕をゆっくり女性の扇子に伸ばしていく。 その時、扇子から水が出た。ジェルダン王の腕が消し飛んだ!
「自分の物は他人に触れさせない。お前らしい」
目を見張った。グッデは目をこすった。女性が水になって弾け飛んだ。女性が二人に増えた!
それは
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