不可解な同級生が気になって仕方がない

灯倉日鈴

第1話 放課後の告白

架河森かがもり薄荷はっかさん、俺と付き合ってくれ!」


 そんなベタな台詞が耳に飛び込んできたのは放課後、俺が西校舎裏を歩いていた時だ。

 各学年の教室や職員室の入っている東校舎と違って、教科別に使用する特別教室が多い西校舎は、就業後は生徒の出入りが少ない。ましてや建物の裏なんて滅多に人が通らない。

 だから、日当たりが悪く雑草もまばらなこの場所は、恋の告白や気に食わない下級生に脅しをかける、いわゆる『呼び出しスポット』として使われていた。

 そして俺は、間の悪いことにたまたま『恋の告白』の場面にぶち当たってしまったわけだ。まあ、ケンカやカツアゲ現場に出くわさなかっただけマシだが。

 夕日に伸びた校舎の長い影に覆われ、幸い彼らは他者おれの存在に気づいていない。俺はこっそり二人に視線を向けた。

 告白したのは制服の着こなしがチャラい男子生徒。確かサッカー部レギュラーの二年生、名前は厚浦あつうらだっけ。

 そして、告白された方の女子は、セミロングの黒髪ストレート。襟のリボンを形良く結んだ、どこか影のある雰囲気の彼女は……一年二組、架河森薄荷。俺の同級生クラスメイトだ。

 ……気まずい。見つかる前に逃げよう。

 俺がその場を立ち去ろうと足を早めた、瞬間。

「えー、無理無理無理」

 あっけらかんとした声が黄昏の空に響いた。

 思わず振り返ると、架河森が男子生徒に「ないない」と手を横に振っているのが見えた。

「私、彼氏いるんで。先輩とは付き合えません」

 断り方が直球過ぎるだろ! あまりにも飄々とした架河森の態度に、俺はズレた眼鏡を直しながら心でツッコミを入れてしまう。だが、余計な気を持たせるよりは親切なのか……?

 などと考えているうちに状況が変わっていく。

 架河森の返事にポカンと口を開けて硬直していた男子生徒が、みるみる顔を真っ赤に肩を震わせて――

「ふざけんな!!」

 ――唾を飛ばす勢いで怒鳴りだした!

「なんで俺がお前なんかにフラれなきゃならねーんだよ! 黙って言うこと聞けよ。お前、『略奪女』なんだろ? 俺だって好きでお前なんかに……」

「――ねぇ」

 激昂してがなり立てる上級生を遮り、架河森が一歩踏み出した。

「私のこと、誰に聞いたの?」

 すいっと目を細め、歌うように、それでいてどこまでも冷たい声で訊かれて、男子生徒の舌が凍りつく。

「どうして私に告白したの? 目的は何?」

 にこやかな表情を崩さず、架河森は男子生徒に近づいていく。彼女より20センチは大きいはずの男子生徒は、さっきの威勢が嘘のように身体を縮こめ半泣きになる。

「い、いや、俺はただ……」

 必死で言い訳しようとする彼につま先立ちで顔を寄せ、架河森は囁く。

「ただ? 誰に……」

 その時。

 パキッ、と俺の足元から乾いた音が鳴った。

 やば、枯れ枝踏み折っちまった。

 音で架河森の気が逸れた瞬間、男子生徒は猛ダッシュで逃げ出した。

「あ、待って!」

 彼女は慌てて手を伸ばしたが、校舎の向こうに消えていく背中に秒で追跡を諦めた。さすがサッカー部、足が速い。

 その代わり、空振った手で髪を掻き上げ、チッと小さく舌打ちしてから……視線を上げ、俺に向き直った。

「なんで君がここにいるの? 句綱くつな君」

 真っ黒な瞳で見据えられると、蛇に睨まれた蛙の気分だ。こいつ、こんなに迫力のある奴だったっけ?

 架河森は赤い唇の端を上げ、

「句綱君も私に告白しにきたの?」

「そんなわけあるか!」

 全力で否定する。

「お、俺は偶然通りかかっただけで……」

「それで、覗き見してたの?」

「視界に入っただけだ!」

 叫ぶ俺にニヤニヤ笑いながら、彼女は制服のスカートを翻す。

「今見たこと、誰かに喋ってもいいよ」

 は? 普通、『喋るな』じゃないのか?

 混乱する俺を置いて、架河森は脇目も振らず校門へと去っていく。

「なんだ、あいつ?」

 頭がハテナマークで埋め尽くされる。


 ――これが俺、句綱くつなけいが、ただの同級生モブだった架河森かがもり薄荷はっかを個人として認識した瞬間だった。

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