第5話 それぞれの秘密


「レティさん、まずはお茶でもどうですか? 飲みながら色々と今後についてお話ししましょう」


 ポールの提案に、レティーシャはぎこちなく頷いた。

 グレンはアシュバートン侯爵家の長男で、現在は王宮魔術師団に所属している魔術師らしい。ちなみに侯爵家の跡継ぎは、ワケあって次男キースが指名されているとのこと。

 そのワケを問えば、ポールは「お教えしたいのですが……」と言い淀みながら、封書を悲しげに見つめた。グレンが口止めしているらしい。



「もう私は、グレン様とお会いすることは難しいのでしょうか?」



 グレンの突き放すような態度や、彼が屋敷を離れて森で暮らしている事実から、ふと不安に思う。問われたポールの顔は、ますます悲しみの色が濃くなった。



「――っ」



 レティーシャは息を呑んだ。自分が思っている以上に、侯爵家とグレンが何か大きな問題を抱えていることを察する。妙な焦燥感と絶望感が、彼女の胸の内を騒がした。



「ポール様。グレン様が屋敷を離れる前に、これまでお世話になったお礼を直接伝えたいのですが……!」

「はい。是非とも、お願いします」



 何故か、ポールに頭を下げられてしまった。そうして入れ違いにならないよう、侯爵の執務室前に連れていかれたのだが……廊下にまで声が届くほど、執務室では言い争いが起きていた。



「グレン! まだ諦めるのは早い!」

「父上、もう悠長なことは言っていられない状況なのです。メーダ王国から花嫁を連れてきても、何も改善しなかった。神託に出たような力を、彼女は持っていなかった! もう俺がやるしかないのです!」

「待て……もう少し待つんだ! 死に急ぐな! 親より早く死のうとするな!」

「でも、他に方法はないのです。俺が……俺がやるしか、帝国が……大陸が助かる道はないのです! これ以上俺の覚悟を揺るがすようなことは言わないでください。失礼します!」

「グレン!」



 執務室の扉が勢いよく開く。飛び出してきたグレンは、廊下で待っていたレティーシャを見て目を丸くした。けれど、すぐに苦しげに顔を逸らして脇を通り過ぎようとする。

 レティーシャはすかさず、グレンの腕にしがみついた。



「グレン様、待ってください!」

「離せ。使用人が生意気だぞ!」



 グレンはそう言うが、レティーシャを突き飛ばしたり、無理に腕を振り払うようなことはなしない。体を強張らせ、彼女から離れるのを待った。

 だからレティーシャは遠慮なく、しがみつく力を強めた。



「グレン様が死ぬって、どういうことですか!?」

「レティには関係ない」



 グレンは目線を合わせず、冷たい声で返す。

 そこに彼の父親である侯爵が割り込んだ。



「我がアシュバートン家の使用人なら、知るべき重要事項だ。グレンが話さないのなら、私が話そう。どうする? 私の口からどう語られるか、考えてみなさい」

「ちっ……俺が話します。レティ、執務室に入れ」



 不服そうにしながらも、グレンはレティーシャに説明を始めた。

 ルートビア帝国の王宮庭園には、神殿があり、その中には建国時代から生きる神木が保護されている。大陸中に根を張り、大陸中の穢れを吸収して、清浄な大地を保っている重要な木だ。その神木を保有していることで、ルートビア帝国は各国から重要視され、力をつけてきた。ただ……神木は瘴気のすべてを浄化できない。そのため神木は数十年に一度、穢れの実をつけるが成熟すると種を弾けさせ、大地に落ちて芽吹くと、恐ろしいスピードで数を増やし、大陸に毒を巻き散らすのだという。


 それを阻止する方法はふたつ。

 ひとつは、神託で見つけた『花の乙女』が神木に祈りを捧げる方法だ。花の乙女は神木との親和性が高く、祈りを捧げられた神木は浄化され、穢れの実は祝福の実になるらしい。

 しかし、花の乙女は滅多に現れない。神託で存在を知っても、見つけ出すことも出来ない場合もある。

 それだけ貴重な存在であるため、花の乙女の特徴は伝えても、真の力については他国に伏せられている。

 

 そして花の乙女が現れなかった場合は、魔術師を生贄にするのだという。これがふたつめの方法。

 魔術師の中でも神木に最も親和性の高い者を選び、禁術によって穢れの実を浄化するという。禁術は命を削る魔術で、使った魔術師は例外なく死んでいった。


 そして今回、その生贄に選ばれた魔術師はグレンだった。だから長男にもかかわらず跡継ぎから早々に外してもらい、決意が揺らがないよう家族を避けて森に住んでいた……とグレンは淡々とした口調で語った。しかし、彼のオレンジ色の目は揺れていた。



「神託で花の乙女が見つかったとき、死なずに済むと思ったんだけどな……駄目だったみたいだ。レティとの生活は、なかなか楽しかった。最後に良い思い出ができて良かったよ。ありがとう」



 グレンは弱々しく微笑むと、これ以上説明することはないというように席を立ち、執務室から出ていこうとする。

 レティーシャの覚悟は一瞬で決まる。



「お待ちくださいませ。グレン様に見ていただきたいものがございます」



 そう言って彼女はブラウスのボタンをはずし始めた。



「レ、レティ!?」



 グレンが顔を赤くして、目を泳がせる。

 レティーシャはかまわずグレンの正面に回り込み、ぐっと襟元大きく広げた。華奢な右肩が露わになる。



「何考えてるんだ!」

「グレン様、見てください。もう全身を見ているのだから、今さらじゃないですか!」

「あれは手当ての一環で、心構えが違う。慰めのつも――――って、その……模様は? どうしてレティが?」



 グレンの視線が、レティーシャの右肩にある痣に定まる。彼は瞠目し、唖然とした表情を浮かべた。

 彼女は力強く宣言する。



「私の名前は、レティーシャ・ルイ・メーダ。本来、ルートビア帝国の王太子殿下に嫁ぐ予定だった……本物の第六王女にございます」

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