第5節 メリルがいく ー月本国編ー

@anyun55

第1章 水香の受難

第1話 水香と指輪,多留真

 富士山麓の北西部では,樹海が広がっている。そんなところでは,人はまったく通らないのに,ひとりの女性が迷い込んだ。名を水香という。12歳。彼女は,死に場所を探していた。


 水香『いざ,死のうと思うと,勇気がいるわね,,,』


 水香は,死のうと決めてここに来たものの,やっぱり,死ぬの止めようとも思った。そんなことを何度も繰りかえした。


 水香は,どんどんと樹海の奥へと歩いていった。ふと,水香の頭に変な声が聞こえた。


 『cg#」%?&!』


 その声は,まったく意味不明な声だった。でも,頭の中で,『指輪』の映像が浮かんだ。


 水香『え?指輪?なんで指輪が頭の中に浮かぶの?』


 水香は,動きを止めた。頭に浮かぶイメージが切り替わり,3時の方向を示す矢印が浮かんだ。


 水香『え?これって,この方向に行けってこと?』


 水香は,その方向に向かった。今度は,11時の方向を示す矢印が浮かんだ。そんなことを4,5回繰り返すと,樹木がなくなり,あたり一面草原の場所に出た。


 水香は,頭に浮かんだ通り,その草原を歩いていくと,急に,体が動かなくなった。


 水香は,この場所に指輪があると確信した。


 水香は,その周囲の地表を詳しく探してみると,はたして金色の指輪があった。


 水香『この指輪がわたしを呼んでいたの?指輪さん,わたしを呼んだの?今から自殺するから,何にもならないわのよ』


 水香は,その指輪を薬指にはめた。その後,一息ついて,その場で正座した。


 水香『指輪さん。ごめんね。一緒に死んでね』


 水香は,持ってきた睡眠薬を飲んで,その場に倒れた。


 水香の自殺した場所は,人通りが少ないとはいえ,ときどき登山者が通る場所だ。


 幸か不幸か,数時間後に登山者に発見された。


 ーーー

 静岡県にある人口20万人程度のある都市の一角に,私立病院がある。そこに水香は運ばれて強制入院させられた。


 発見がまだ早かったのと,飲んだ薬の量がさほど多くなったので,水香は一命を取り留めた。翌日,水香は意識を取り戻した。彼女は生きながらえてしまった。


 水香『え?わたし,,,生きているの?どうして?』

 

 水香は,多くを考える時間はなかった。警察の事情聴取などがあり,病院で3泊した後,退院となった。


 水香は,A学園の女子寮に戻った。水香の父親は単身赴任中で,母親は祖母の面倒のため,家には誰もいない。そのため,半年前から女子寮での生活を強いられた。


 水香は寮に戻りたくなかった。だって,自分を虐めた上級生たちがいるからだ。でも,夜も遅いので上級生に会わないだろうと思い,寮に帰ることにした。幸い,誰にも顔を会わすことなく自分の部屋に戻ることができた。夜の11時ごろなので,ほかの人と出くわすことはなかった。



 水香は,ベッドで横になった。そして思わず,左手にしている指輪を見た。指輪は金色だが,その金色は光輝き始めた。


 指輪『$%?。*^%』


 水香は,指輪の言葉が理解できなかった。その後、イメージが水香の頭の中に飛び込んで来た。それは,水香が笑みを浮かべて熟眠している様子だった。


 水香は、『しっかりと寝てください』と言われていると思った。


 お返しに、水香もイメージで指輪と交信しようと思った。でも、水香が頭の中で、思い浮かべるのは、自分を虐めた5人の上級生たちと、自分をレイプした5人のチンピラたちだ。


 水香は,寮の上級生に,トイレで全裸にされて、冷水をぶっかけられたり、おしっこをかけられたりという,ひどいいじめに遭っていた。水香はその嫌な思い出を、ひとつひとつ思い出して、指輪にも見てもらおうと思った。


 いじめたのは,上級生のA子、B子、C子、D子、E子、そしてF子だ。ひとりひとりの顔をはっきりと頭の中でイメージしていった。その思い出す作業は辛いものだった。でも,そうすることで気持ちの共有ができるような気がした。気持ちが少し軽くなるかもしれないと感じた。


 頭の中に思い出すことで,指輪に見てもらえるのかどうかわからない。でも,そうすれば見てもらえると感じた。


 いじめの回想が終わった後,数日前の自殺の直接の原因となったレイプ事件,つまり,町のごろつきにレイプされたことを頭の中に思い浮かべた。


 その思い出は,さらにつらいものだった。でも,指輪に自分のつらさを理解してほしかった。そうすることで,なんとなく救われる感じがした。


 水香が一通りの出来事を思い浮かべる作業を終えた。


 涙が流れていた。


 水香「指輪さん。今,わたしが思い出した内容は,指輪さんにも見ることができたでしょうか?どう?わたしが死にたくなるの,わかったでしょう?」


 水香は,指輪に声をかけた。でも,指輪からは返事はこなかった。その代わりイメージが水香の頭に飛び込んできた。


 水香を虐めた上級生のひとり、A子の顔と、部屋の番号が頭に飛び込んできた。部屋の番号は、何も書いてなかった。


 水香「え?部屋の番号がないわ。それって,部屋番号を教えてほしいってこと?」


 水香は、寮生リスト表を取り出して、A子の部屋番号を探した。412号だ。


 水香は、メモ用紙に大きく、412号と書いた。


 すると、次は、B子の顔と、空白の部屋の番号が飛び込んできた。


 水香は、B子の部屋番号を同じくメモ用紙に大きく書いた。419号だ。


 同じようにして、C子、D子、E子、F子の部屋番号をメモ用紙に書いていった。


 それから,まもなくして水香はその場に倒れるようにして寝入ってしまった。


 それと同時に,水香は目を覚ました。しかし,目を覚ましたのは『水香』ではない。指輪の精だ。その名は,メリルという。

 

 メリルは水香の体を支配した。だが,慣れぬ体のため,機敏な動きはできそうもない。メリルは,その場で水香の体の支配をより完全にするため,水香の体をいろいろと動かしてみた。


 メリルは,まだ月本語を理解していないので,魔界語で独り言を言った。


 メリル(魔界語)『まだ十分にこの体を支配できていないけど,膝蹴りくらいはできそうだわ』


 メリルは,自分の部屋を出てA子のいる412号に移動した。


 412号に来たメリルは,そのドアを叩いた。


 コンコン!


 A子「誰なの?」


 部屋の中からA子の声が聞こえた。その声にメリルは返事をせずに,再びドアを叩いた。


 コンコン!


 再びドアがノックされたので,返事をしない相手にいらだったA子は,「いったい誰なのよ!!」と叫びながらドアを開けた。


 メリルは,ドアが開いたと同時に,一歩部屋の中に入り,A子の腹部に膝蹴りを放った。


 A子「ぐわぁ!!」


 A子は,不意打ちを食らって,お腹を抱えてその場に崩れた。メリルは,さらに足の裏で,A子の口のあたりを思いっきり何度も踏みつけた。


 ガンガンガンガン!


 A子の顎が外れ,その場で意識を失った。それを見たメリルは独り言を言った。


 メリル(魔界語)『この水香のか弱い体でも,無防備な女性を気絶させるくらいなことは,なんとかできそうだわ』


 メリルは,左手にしている指輪を見た。


 メリル(魔界語)『わたしの体が指輪に封印されていなければ,いくらでも霊力を使った攻撃や霊体への攻撃だってできるのに,なんとも不便なことだわ。でも,指輪を直接女性の頭部に接触させれば,なんとか霊体を吸収できるかもね』


 メリルはそんな独り言を言いながら,気絶したA子の額の部分に,指輪を接触させた。


 5分後,,,


 A子「ぎ,ぎぁーーーー!!」


 A子は叫び声ともあえぎ声ともつかない声を発して息絶えた。


 メリル(魔界語)『なんとか月本国の女性の霊体を手に入れることができたわ。次はB子の419号室ね』


 メリルは次のターゲットに向かった。



 1時間が経過した。


 メリルは,A子,B子,C子,D子,E子,そしてF子の霊体を手に指輪の中に収納して,水香の部屋に戻りベッドで体を横にした。


 メリル(魔界語)『これで,月本国で6体の霊体が手に入ったわ。まずは,彼女らから月本語を学ぶことにしましょう。それよりも,自分の体がない身で,他人に憑依するのは,30分が限界のようだわ。先が思いやられそう』


 メリルは,そんなことを思いつつ,水香の体の憑依を解除した。



 ーーー

 翌朝


 何やら外が騒がしかった。その騒がしさに水香は目覚めた。でも,水香にとっては,昨晩ぐっすりと寝れたので,とても気分がよかった。


 その後,寮長から上級生のA子たち6名が昨晩,死亡したことを知らされた。


 現在,死因を調べているが,顔面が何か凶器のようなもので殴られたような跡があり,他殺であると推定された。担当の警察官が,寮生ひとりずつ事情聴取をするので,外出禁止が言い渡された。学校は臨時休校となった。


 しばらくして水香の番になった。


 寮の談話室が,臨時の事情聴取室に使われた。


 女子寮ということもあり,事情聴取をするのは,本来,捜査一課の役割だ。しかし,寮生がすべて女性ということもあり,たまたま女性スタッフが別件で塞がっていた。


 そこで,『特殊事件捜査課』,略して特捜課の夏江にお鉢が回った。


 夏江,本名は環夏江(たまきなつえ)。24歳。独身,恋人はない。特捜課は,非常に高度な科学的知識を有する必要があり,夏江も名門の東都工業大学の大学院では,ミクロ爆弾の基礎研究に励んでした。しかし,研究に行き詰まりを感じて就職を希望した。教授の推薦もあり,夏江は無試験で警察学校に入学し,トップの成績を収めて卒業した。そして,夏江本人の希望通り特捜課に配属になった。


 夏江にお鉢が回った以上,その上司である多留真も同席した。


 夏江がこのような事情聴取をするのは初めてだ。この女子寮殺人事件は,対して難しい案件でもないので,新人である夏江に任しても,問題ないだろうという多留真の判断だ。


 夏江は,水香の近況を充分に把握していた。自殺未遂を図って,昨日まで病院に入院していて,その際に事情聴取した資料を事前に読み込んでしたからだ。


 夏江は水香を見た。水香は気弱そうな顔をしていて,自分から話しをするようなタイプではない。寡黙で,つまらないことでもひとりで悩むようなタイプのようだ。


 夏江「水香さんですね?」

 水香「はい」

 夏江「上級生のA子さんら6名が死亡したのは知っていますか?」

 水香「寮長から聞きました」

 夏江「その話を聞いて,どう思いましたか?」


 水香は、正直に今の感想を述べた。正直に話して悪いことはない。


 水香「彼女たちは,わたしを,,,わたしをチンピラどもにレイプさせました。死んでいい気味だと思いました」

 夏江「では,水香さんには彼女たちを殺す動機があったのですね?率直に聞きます。彼女たちを殺したのはあなたですか?」

 水香「いいえ,わたしは何もしていません。昨日は寮に帰ってベッドに潜り込んだだけです」


 夏江はため息をついた。寮の廊下に備え付けの監視カメラの映像では,昨晩死亡した生徒の部屋に出入りした寮生の姿がはっきりと映っていた。ただし,解像度が悪く,その出入りした寮生が誰なのかまでははっきりとしなかった。さらに,この女性は制服を着ていたので,服装から人物を特定するのも困難だ。髪型もよくあるもので,人物の特定には至らなかった。


 夏江は,そのモニターの動画を水香に見せた。


 夏江「ここに映っている寮生は,A子の部屋を訪問したあと,B子,C子,D子,E子,F子の部屋を順番に訪れています。彼女がA子たちを殺害したのは間違いないでしょう。そして,ここに映っている寮生は,あなたで間違いないですね?」


 夏江は,水香が犯人に間違いないと思って,判定的な言い方で水香に迫った。水香が返事をしないので,夏江はさらに言葉を続けた。


 夏江「水香さんがいくら黙秘をしても,部屋に残った指紋や髪の毛のDNAを調べれば,すぐに犯人はわかることです。自白すれば罪は軽くなりますよ」


 そう言われても,水香にはまったく身に覚えがない。


 水香「わたし,昨日は病院から退院して,そのまま自分の部屋に戻って寝ました。A子さんたちの部屋には行っていません」


 夏江はため息をついた。監視カメラの映像がもう少し鮮明であれば,人物の特定が可能だったのにと悔やまれた。指紋やDNAを照合をするにも,順番待ちがあるため数周間を要する。夏江はなんとか水香を逮捕にまでもっていきたかった。そこで,水香の部屋を鑑識に徹底的に調査するように依頼した。


 しばらくして,水香の部屋のゴミ箱から、6枚のメモ用紙が発見された。そこには、死んだ上級生の部屋番号が記載されていた。


 鑑識は、ビニール袋で厳重に覆われたメモ用紙を夏江に渡した。夏江は、それを見てニヤッと微笑んだ。


 夏江「このメモ用紙は、あなたが書いたものですね?」

 水香「はい,そうです」

 夏江「この番号は、この寮の部屋番号を意味すると見ていいですか?」

 水香「はい。昨日、わたしをいじめた上級生の部屋番号を確認しようと思い,その部屋の番号を書きました」

 夏江「どうしてそう思ったのですか?」

 水香「頭の中で,いじめた上級生の部屋を教えてほしいというイメージが浮かびました。それでメモ用紙に書きました」

 夏江「頭の中でイメージが浮かんだのですか?」

 水香「はい。錯覚かもしれませんが,わたしにはそう思いました」

 夏江「それは何時頃でしたか?」

 水香「はっきり覚えていません。時計を見ませんでしたので。でも、だいたい夜の1時から2時ごろくらいだったと思います」

 夏江「そうですか。このメモ用紙は,こちらで預かってもよろしいですか?」

 水香「別にいいです。ゴミですから」

 

 夏江は、大事にそのメモ用紙をビニール袋に入れてカバンにしまった。


 婦警の夏江は,水香をなんらかの方法で拘留したかったが、明確な証拠がない以上,何もできなかった。


 夏江「水香さん,もういいわよ。あなたの指紋と爪の一部を採取すれば,事情聴取は終わりです」


 夏江は水香から指紋と爪の一部を採取したあと,彼女を開放した。


 水香「では失礼します」


 水香は自分の部屋に戻った。水香は自分が犯人ではないと知っているので,逮捕されることはないと信じ切っていた。


 その後,事情聴取が一通り終わったので,夏江たちもこの女子寮から去っていった。この日,逮捕者は出なかった。


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