2023.5.12 九大文藝部・書き出し会
九大文芸部
薪 作:縦川透
右も左もわからぬ砂漠、大岩の谷に隠れて焚火が一つ。この焚火がいつ発生したのかはわからない。誰が、何が火を起こしたのかはわからない。ただこの灼熱の世界の中で、ごうごうと燃え続けていた。
ある時、そこに二人の旅人がやってきた。
「なんでこんな砂漠に火があるのだ。見たところ薪もずいぶんくべられていない様だが、どういう理屈で燃え続けているのだろうか。いや、そんなことは今はどうでもいい。俺は水が欲しいんだ」
二人のうち、Aという男がそう言った。二人は長い旅路の果てに、水不足に陥っていた。二人で分け合ったら、一日も持ちそうにない量の水が入った容器を見ながら、Bはこう言った。
「砂漠で遭難してからもう一週間か。水を求めて歩き続けてきた結果がこの焚火だというなら、救いがなさすぎる。俺たちは絶対に生きて帰らなければならないというのに。なあ、A」
「ああ……」
Aは焚火を見つめながら、小さくうなずいた。
「この砂漠に迷い込むまでは楽しい旅だったな。海辺の町に、美しい森。美味い物もたらふく食ったな。ああ、もう何日飯を食ってないだろう。今日中には水も尽きてしまう」
「…………」
Aは焚火を見つめながら沈黙している。
「このままじゃ埒が明かない。行き着く先は共倒れだ。何か良い解決策はないのか、A」
Bがそう言った。直後、AはBに襲い掛かり、持っていたナイフでBの心臓を一突きした。Bの血が、そばにあった焚火に数滴したたり落ち、ジュッという音と共に炎が微かにゆらめいた。
「な、なぜだ、A……。二人で生きて帰ろうと……誓ったじゃないか……」
Bは言葉を絞り出しながら、前方へと倒れ、Aにもたれかかった。
「これが解決策だ、B。こうするしかなかったんだよ」
Aは自分の足元を見たままナイフをBの心臓から引き抜き、一連の行動の目撃者がいないことを確認した後、まだ温かいBの死体をバラバラに切断し、焚火にくべた。
それから、Aは程なくしてその場所を発った。やがて彼の姿は点のように小さくなり、砂漠の地平線に消えていった。
Bの死体が灰燼となった後も、彼の殺された恨みを薪の代わりにでもするかのように、焚火はごうごうと燃え続けていた。
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