番外編5 王都の学生2
ハービーが悪名高きジャスティン・レイヴァーと仲良くし始めると、一部の貴族達はハービーのことを悪徳貴族の取り巻きだと陰で揶揄するようになった。だがビアールド達大多数の平民組からすると、素朴で穏やかなハービーと、刺々しいながらもいつも寂しげだったジャスティンの小さな友情が育まれている様子は微笑ましいものがあり、事あるごとに、
『言わせたい奴には言わせておけばいい!』
と、自分達はそんなこと少しも思っていませんよというアピールをしていた。
「忌々しい! オレの取り巻きにすらなる能力のないやつらが何を言っているんだ!」
「ぼ、僕、貴族の取り巻きになれて嬉しいです!」
「そういう話をしているんじゃないっ!」
ジャスティンは偉そうにするだけあって頭一つ抜けており、全ての科目、全学年でトップだった。
「ジャスティン坊ちゃんなら師範学校じゃなくて国立学院でもよかったんじゃないですかい?」
学校からの帰り道、三人は課題で使う薬草を購入しに学校近くの薬草店へと向かっていた。何気ない会話のどさくさに紛れて、全員が気になっていたことをビアールドが尋ねる。
師範学校は幅広い知識をつけ、それを国民に広める人材養成を主としている一方、国立学院は一種の研究機関でもあり、学問で言うところのこの国の最高峰の研究機関だった。
『お前などに言う理由はない!』
などと少し前ならば言われただろうが、最近はそうではないことをビアールドはわかっている。
「ふん。お前達と一緒だ。さっさと稼いで独り立ちするために決まっている」
「い、家を出たいんですか……?」
ハービーは一瞬、目を見開いて驚いたがすぐに思いなおす。
(そういえばルークさんも、エリザベートさんも、リーベルトさんも……)
それぞれ理由は違うが家を出て暮らしている。そうしてやはりジャスティンもそれなりに理由があった。
「……オレの家の噂は知っているだろう。あの醜悪さ、身内ならなお耐えられん」
「あー……あれってやっぱ本当なんですねぇ」
「お前達が知っている程度のことは全て本当だ。我が家もそう長くはない」
レイヴァー家は今、領地で悪政を強いていると噂があちこちに広まっていた。重い税を課し、反発する者は強く罰し、払えぬものは奴隷として売り払った。そうして得た税はレイヴァー家がただ贅沢をするために使われていた。
いつしかそのことを周囲に隠すことすら忘れてしまった彼の親兄弟達は、王都でも羽振りのいい生活を続けたため、噂は真実味を増し、数々の悪事はすでに王の耳にまで入っていると言われていた。
「……だからオレの取り巻きになってもいいことはないぞ」
プイと顔を背けたジャスティンの背中はやはり寂しそうだった。
(だから皆に噛みついてたのか……)
誰かと仲を深めれば、その後が辛いと知っているのだ。レイヴァー家が咎を受け没落するような事態になっても変わらない関係を誰かと築ける自信も彼にはなかった。それになにより、自分と仲良くすることで相手に迷惑がかかるかもしれない。それが心配だったのだ。
「十年前のゼベット家の時はなかなか厳しい取り調べがあったって話ですもんねぇ」
過去の似たような事例では、関わったと思われる貴族から平民まで見せしめのような拷問に近い取り調べがあったと噂されていた。
ジャスティンはすでにかなり前から魔物学者をしている伯父を頼り実家を離れていたが、自身がレイヴァー家であることは変えられない。場合によっては自分も処罰の対象となることも覚悟していた。
「で、でも大丈夫です! ジャスティン様はなにもしていないので……! 先生になる勉強をしているだけですし!」
「そりゃそうだ! いや~でも流石賢いなぁ~それに備えて生きていく準備をされているんですねぇ!」
ハービーもビアールドも自分達が巻き込まれる可能性を考えながらも、それを気にするジャスティンを気にかけた。彼の口ぶりや行動で、すでに調べが進んでいることもわかった。
その後ジャスティンは黙ったが、耳が赤くなっているのを見て二人ともそれ以上この話はしなかった。
(アレ……?)
目的の薬草店の前に見覚えのある男性が、お付きと一緒に店主と話をしている。エディンビアで見た姿とは違い、なんだか立派な……仰々しい格好をしていた。
「ケ、ケインさん……?」
「ん? おぉ! ハービーか!? そうかお前は師範学校に行くと言ってたなぁ!」
いつものムッとした表情から急ににこやかな顔つきになった薬草学者ケイン・ベルトラを見て周囲は驚いていた。ケインはエディンビアに行った際はいつも双子を指名していたが、そのメンバーに時々ハービーとケルベロスも加えてダンジョンへと潜っていたのだ。もちろん、ケルベロスの生態に興味があったのと、そんな魔物と家族同然の暮らしをしているハービーの人となりに興味があったからだ。
彼らはしばらく会話をした後、
「しっかり勉強しろよ! 何か困った事があればワシのところにくるんだぞ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
そう挨拶をしてわかれた。
「お、おおおおおお前! 今の……今のはベルトラ様じゃないか! 薬草学者の
「はい。な、何度か冒険者として雇っていただきまして」
「ハァ!!?」
これまたいつもツンツンとしているジャスティンが大興奮している様子から、ケインが思った以上の大物だということをハービーはあらためて認識した。
「何者だお前……」
「大物の護衛なんてすげぇじゃねーか!」
ビアールドは嬉しそうにハービーを褒めたたえる。
「相棒のお陰なんです……の、能力に差があるパーティだったんで……だから僕も自立したくって……もちろん、単純に先生になりたいって気持ちもあるんですけどね」
ポツポツと少しバツが悪そうに話した。自分の功績はケルベロスありきだと実感している。
「先生になるからってなにも高尚な理由が必要なわけじゃないさ! まあ俺にはあるけどな!」
ビアールドはわざとらしく得意気に話す。彼は国境の辺境地の出身だった。今でこそ大きな街には平民向けの学校があるが、小さな街になればなるほど数は減っていく。
「地方出身だからって格差が出るのも悔しいだろ~! あ、そうだジャスティン坊ちゃん! よかったら坊ちゃんも俺んとこ来てくださいよ! 先生の人数は多い方がいいし! 悪い噂が届くのもおそいですぜ!」
「フン! 考えて置こう」
ビアールドの軽口にジャスティンがニヤリと不敵に笑ったのを見て、ハービーは笑いだしそうになるのをこらえた。
その日から徐々に、ジャスティンのツンツンとした振る舞いはおさまっていった。彼自身、口に出したことでそうなった時の覚悟が決まったからか、ハービーとビアールドを信じる気持ちができたからか……。
プライベートな会話も増えた。ジャスティンは主に龍の巣の仲間の話を聞きたがったので、ハービーも嬉しくなってあれこれと自慢するように話す。
「古傷治療が得意なヒーラーの話、聞いたことがある。姉上が虫刺され痕を治したがっていたが、ウェイバー家に断られていた……予約がとれないという話だったが、実際は散々平民向け治療院だと馬鹿にしていたからだろう」
「やはりウィンボルト家のルーク殿は格が違うな……実は彼の活躍のせいか冒険者に憧れている貴族の令息が増えているんだ」
「エリザベート嬢も冒険者!? あの美しいエリザベート嬢が!? いや……たしかに姉上がなにか言っていたような気がするが……本当だったのか……」
「相棒がケルベロス? ハァ? 冗談は……え? 本当?」
「……なんだその冒険者の貸し部屋は……いったいなんの集まりなんだ? 王家に反乱分子として目を付けられてはいないか? 大丈夫か?」
だがハービーの親友、レックスの話になるとジャスティンは不機嫌になる。ハービーにはその理由がよくわからなかったが、隣で聞いていたビアールドはただニヤニヤとするのだった。
「エディンビアが恋しいか?」
「それは……はい。でも、トリシアさんが、実家だと思ってねって言ってくれて……長く帰れなくても、帰る場所があるって……そうしたら寂しさがあっても少し安心するからって……だから大丈夫なんです。て、手紙もいっぱい書いてますし!」
「あぁそれ、わかるなぁ~」
ウンウンとビアールドは大きく頷く。彼もまた故郷は遠い。
「じゃあいつかオレもエディンビアに行くぞ。どんなところか見てやろう」
「ほ、本当ですか! わぁ! 楽しみ!!!」
「レックスにも会わせろ。どんなやつか見てみたい」
だがそんな平和で楽しい時間も長くは続かない。
ある日の休日、ジャスティンはウェイバー家までハービーを訪ねてやってきた。
「全員捕まったよ……父上はたぶん死罪だ……よくて流刑だろう」
悲しそうに笑っていた。そんな彼にハービーはどう声をかけていいかわからない。信頼している冒険者仲間や、家族のように愛している魔物はいるが、いつの間にか憎んでいた家族を持ったことはなかった。
(憎んでいた相手が捕まっても……ジャスティン様はせいせいしたって思わないんだな)
そういえば自分もかつてパーティの仲間に裏切られずいぶん傷ついた。だがその後その仲間は致命傷を負い、命こそ助かったが、冒険者として再起不能になったと聞いても別にスッキリとはしなかったことを思い出す。
騙され裏切られた愚かな自分。それでも仲間を徹底的に嫌いになれなかった惨めな自分。その感情だけ今でも心にこびりついている。
(皆お人好し過ぎるって言ってたけど……トリシアさんだけ、なんとなくわかる……って困り顔で共感してくれたな……)
同じじゃなくとも、ジャスティンは似たような気持ちなのだろうか。だから自分のところに来たのだろうか。
「理屈じゃない気持ちもあります」
「そうだな……」
そうしてはらはらとジャスティンは涙を流した。
レイヴァー家は甘い汁を吸っていた者全てが処罰の対象となった。だがジャスティンは以前から実家を離れていたことは調べでわかったため、財産の没収と後継者の資格剥奪のみで済んだ。レイヴァー家は遠縁の血縁者がその跡を継ぎ領地は再編成される。
「ベルトラ様の下働きとして雇っていただけた!」
伯父にこれ以上金銭的な迷惑もかけられないと、ジャスティンはプライドも何もかも捨てて学校に行きながら働き始めた。
「伯父に報告したらひどく羨ましがられたよ! ハービー! 本当にありがとう!」
ジャスティンは憧れの学者の元で働けることで満面の笑みになっており、周囲をとても驚かせた。
「よ、よかったです……!」
もちろんハービーの口利きが功を奏した。まさか自分がこんな風に人に役に立つことがくるとは思ってもおらず、ハービーも不思議な安堵が体に充満する。
「どの面下げて学校に来てるんだか」
「こんな悪逆非道な人間の子孫が存在していいのか? 魔物の方がまだ素材が採れる分マシだな」
もちろん、肯定的な人間ばかりではない。権力を失ったジャスティンには心無い言葉が投げかけられた。だがジャスティンは少し悲しそうな目をするだけだ。
「以前の自分の言葉が自分に返ってきてるだけさ」
こうなって初めてハービーはトリシアが自分のことを心配してあれこれ気を回してくれた理由がわかった。自分の代わりに誰かが腹をたてる気持ちも。
だからと言って、ハービーはわざと彼の友人を傷つける貴族達にイジワルしたわけではない。
それはある日、魔物の解体の授業中の話だ。王都に住む人間は生きた魔物を見たことがない者もいる。今回はもちろん亡骸が用意されているが、各所で小さな悲鳴が上がっていた。
(メガラッドか。あんまり素材は取れないけど……数が揃うからかな)
魔の森でもダンジョンでもどこにでもいる魔物だ。大きさは個体差があり、手のひらサイズから抱え込むほどの大きなものまで様々いる。すばしっこいが、それほど強くはない。冒険者ではなく、一般人でも倒すことがある魔物だ。
「皮膚は硬いので力がいるんですが、力を入れすぎて内臓までいくと、いっきに中身が漏れ出て大変なことになるのでユックリやるといいです」
「なるほどなぁ~~~」
「うん。うまくいった」
専門家のハービーに素直にコツを聞きに来る生徒はなんなく課題をこなしていたが、そうでないものは軒並み魔物の内臓が服にかかり、またも悲鳴を上げていた。
「ラ、ラドの葉を揉んで洗うと落ちますよ」
ハービーが親切に対処法を教えると、何名かホッとしたような顔になっている生徒も。
その時、また悲鳴が上がった。だが今度はこれまでとは違う、いつまでたってもやまない悲鳴だ。
「メガラッドの中から何か出てきた!!!」
その声で教室はパニックだ。
(アラクネ!?)
蜘蛛の姿をした魔物が、死んだメガラッドの体内に隠れていた。
アラクネは強力な二種類の毒を持っている。一つは体の動きを即座に封じる麻痺毒だ。そして生きたままその相手を食べる。もう一つは即死こそないが強烈な痛みを相手に感じさせる効果のある毒だ。
好戦的な魔物ではないが、危機を感じればこれまた強力な粘着性の糸をはき攻撃に転じることもある。この魔物もどこのダンジョンでも、どこの魔の森でも見かけることができる。
その不運なメガラッドを引き当てたのは、少し前にジャスティンに心無い言葉を投げかけた貴族の青年だ。近くにいた数名はすでに糸によって動きを止められ、さらに数名毒針にやられ倒れている。
(痛い方の毒じゃなくてよかった……!)
ハービーは躊躇うことなく彼らを助けに向かいアラクネに飛び掛かかると、たくさんある目を何ヵ所か解体用のナイフで突き刺した。そうして四度目の突きで蜘蛛はパタリと動かなくなった。
(ふう……大きくなくて助かった……)
小型の魔物は小柄で細身なハービーでもケルベロスの食事中に倒していた。アラクネはそれなりの討伐難易度がある魔物だが、ハービーはたまたまこれまで数をこなしていたせいか、吹きかけられる糸も、突き出された毒針もアッサリかわして倒していた。
(攻撃パターンはどんな大きさでも一緒なんだよなぁ……ってアレ!? どうして皆こっち見るんだ!?)
呆気に取られている教室の中の教師や生徒達からの視線を感じ、ハービーは慌て始める。これまで自分自身が注目された経験がないので、どうしていいかわからない。
「こ、個体によって急所が違うんです……目なのは確かなんですけど……その目に価値があってですね……って、皆さんご存知ですよね……この間の授業でしたし……あ! ま、まだ四つ残ってるので……ほら!」
アラクネの亡骸を例の貴族の青年たちの前にグイグイと押し付ける。以前彼らが『魔物の素材の価値』をジャスティンへの悪口に使っていた記憶が残っていたせいか、彼らに見せなければ! と深層心理が働いたのかもしれない。
もちろん彼らは動かない身体から涙を流していた。
「す、すみません! 苦しいですよね!? すぐ助けます!」
そう言いながら急いでアラクネを刺したナイフを抜き取った。
「〜〜〜っ!」
紫色の血が滴るソレを見て、捕らわれの生徒達は声にならない叫び声を上げる。それを急かされていると勘違いしたハービーは瞬く間に糸を解体し、青年たちを助けた。これもまた特殊技術の一つであることを生徒達はこの後知ることとなる。
「ウェイバー治療院のチェイスさんを呼んできてください! 魔物傷の治療がお得意なので!」
こうしてひと騒動起こったものの、無事に授業は終了した。担当教師からはもちろん感謝され、今後なにかとハービーの味方になってくれることになる。
「いや~なかなかえぐい仕返しするんだなぁ」
ビアールドや他の生徒達は教室でケタケタと笑った。
「ああ。これで誰もハービーを怒らせようとは思わないだろうな」
ジャスティンも同じだ。
「今日の話、手紙にきちんと書くといい。きっとトリシア殿やレックスも大いに笑ってくれるだろうさ」
「そ、そうですかね……?」
と、まだいまいちピンときていないハービーを、多くの生徒達が取り囲んでいた。
この件をきっかけにハービーは貴族出身組からも一目置かれるようになり、身分差でピリついていた生徒達の関係も少しづつ滑らかになっていった。
結果彼らは、お互いに得意分野の情報を共有するようになったため、学校始まって以来最も優秀な世代と言われるようになるのはもう少し先の話。
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