第7話 お迎え②

「さて、本題だ」


 トリシアは姿勢を正した。未来の王の為に力を尽くそうと思えた。初対面の人間にすらそう思わせる人柄が彼の1番の力と言っていい。


「弟は今、自身で自身を惑わせる薬を飲んでいる。おそらくヒーラーがすでに解毒しただろうが、十分ではない」


(自身で自身を惑わす?)


 疑問が浮かんでくるが、相手は第1王子、黙って話の続きを聞く。


「自身の体内に魔術を使って薬の元凶を埋め込んでいるんだ。例え無理矢理ヒールをかけられても、何度でもエリザベート嬢に陶酔できるように」


 それが何故かもすぐに教えてくれた。


「理由は2つ。1つはこれ以上自分を王位に推す人間が出ないように……王族に嫌気がさしているからな」


 王城内は跡目争いでゴタゴタとしていた。第2王子派もそれなりにおり、リカルドはこれ以上国内の政治が自分の存在のせいで混乱するのを嫌がったのだ。

 惚れた女に執着して、王族として責任感も何もない姿を見せれば諦める家臣が多いことはわかっていた。


「2つ目は、愛する人のことを愛したままでいたかったからだろう」


 その気持ちはよくわかるとばかりに、第1王子の顔が翳った。


「リカルドはエリザベートを愛している時の自分が1番好きだと言っていた。ただ1人のごく普通の人間でいられることが嬉しかったようだ」


 彼女のことを考えたり、語ったりしている間はどんな苦しみからも解放された。だが、ハッキリとエリザベートに拒絶され、それすら許されなくなってしまったことで追い詰められてしまった。


「薬でも飲まなければこんな行動、弟は実行できなかった……責任感や罪悪感から逃れたかったんだと思う」


(情けない! ……て、エリザベートなら言いそうね)


 実際、同様の説明をエリザベートは本人から受け、トリシアの予想通りのセリフを吐いていた。


「だから私は君が好きなんだ! 薬など必要ない。自分の力だけで突き進む君が……!」

「何を言うのです! 今の私の現状が、私だけの力で成り立っているわけがありません!!!」


 エリザベートは烈火のごとく怒っている。彼女は自信家だが、自分の事は俯瞰して見るよう心掛けていた。


「今の私があるのは周囲のおかげです! 家族が守り支えてくれたおかげでこのスキルをコントロールできるようになりました! そして私のような世間知らずが今の暮らしを続けられているのはトリシアやこの街の冒険者達がいるからこそです! なんで……なんでそんなこともわからなくなってしまっているのですが……」


 ポロリと一筋の涙がこぼれた。自分の大切な人が蔑ろにされたと、感情が高ぶり過ぎて、ついに涙腺が負けてしまった。


「なんだか、みーんなトリシアトリシア言っているね……妬けちゃうな」


 愛する女性が涙を流しているというのに、おどけた顔をしていた。その現実を振り払うかのようにエリザベートは大きな声を出す。


「それに! 私が誰に縛られることなく冒険者でいられるのは貴方が……婚約破棄した後もうまく処理をしてくださったからでしょう!」


 エリザベート最大の難関であった、領主である彼女の母親を説得したのはリカルドだった。


「……知っていたのか」

「カッコつけて私に言わなかっただけでしょう」

「カッコがつかなくなっちゃったなぁ」


 クスクスと嬉しそうに笑った。


 いつまでたっても、エリザベートをちゃんと見ているようで、少しも見ていない。陰った瞳は変わらないままだった。彼女は生まれて初めて、自分の力のなさを呪った。悔しくて悔しくて仕方がない。


 ギュッと唇をかみしめていたところに、予想外の人物がやってきたと連絡があった。


「エリザベート、レオハルト殿下がいらした」


 兄エドガーの緊張が伝わってくる。跡目争いの中、弟リカルドのを確認しにきたのではと思ったのだ。なにしろエドガーはリカルドがエディンビア滞在中、何度か彼が暗殺されそうな場に遭遇していたし、それは兄あるレオハルトの差し金だという噂を信じていた。  


 だが、今より少し前まで第2王子が積極的に暗殺者に狙われていたのは、なにも第1王子側が原因ではなかった。王弟の息子、王子達の従兄弟にあたる人物が犯人だったのだ。犯人は第1王子にも刺客を送り込んで、王子達がお互いに疑い、削り合うこと望んでいた。しかし元来仲が良く、お互いのことを理解している2人はサッサと情報を共有して犯人を突き止めた。

 その犯人は最近、不慮の事故でこの世を去っている。王族の一員ではあるが、質素な葬儀だけがおこなわれた。


「やあ愛する弟よ。家出は順調にいっているか?」


 どこか悲しみを帯びた笑顔で、レオハルトは部屋へと入ってきた。


「……兄上がわざわざお迎えに来てくださるなんて。昔のようだ。懐かしいですね」


 少しもそうは思っていないような顔つきだ。


「やあトリシア。君も来たのか」

「はい。殿下の治療を任されました」

「兄上もトリシアか~。ルークに殺されてしまいますよ」


 トリシアはレオハルトの後ろで頭を下げたままだ。側にはルークが立っている。


(なんてことを!?)


 トリシアはリカルドと親しいわけではないので、この軽率な発言がいつものことなのか、それともレオハルトの言う薬の影響なのか測りあぐねていた。だが、側近や護衛達が険しい表情になっているのを見て、やはり今の彼が少しおかしいのだとわかった。


「やっぱり! 殿下、どこに薬を隠しているのですか!」


 エリザベートはまだ例の惚れ薬をリカルドが使っているとわかってホッとしている自分に気が付いた。そしてそんな自分に猛烈に腹が立つが、その感情をぐっと抑え込む。


「どこにも? 散々君達に見張られてるんだ。どうやってあの惚れ薬を飲むんだい?」


(惚れ薬……)


 『自身で自身を惑わす薬』が惚れ薬だったとはトリシアもびっくりだ。レオハルトはそれが体内に埋め込まれていると言っていた。あのアッシュがそれに気が付かなかったということは巧妙に隠しているに違いない。


(まあ、どこだって私には関係ないんだけど)


 レオハルトの話では、リカルドはトリシアのスキルには気が付いていない。トリシアはリカルドの前でスキルも、回復魔法も使ったことはなかった。


「……なんで君だけがこんなに皆に愛されるんだい?」

「へ?」


 治療の為に近づいたトリシアにリカルドは不満気に声をかけた。


「君がいなければ、エリザベートは冒険者を続けなかったかもしれないのに」


 恨み言のようにつぶやく。


「それはないですよ」


 こちらに突撃してきそうになっているルークとエリザベートを手を上げて制しながら、トリシアは答えた。


「エリザベートが素敵な人だということ、誰よりおっしゃっているのは殿下ではないですか」


 その言葉にリカルドは反論しない。


「私が側にいなくても、別の誰かがエリザベートを支えますよ。だってとても魅力的なんですもの。そしてそれにしっかり応えるのが彼女です」


 ご存知でしょう? と優しく問いかけると、小さな子供のように、少し悔しそうな顔でうなずいた。


「失礼いたします」


 そっとリカルドの手に触れる。は一瞬だ。だが、違和感がないよう、これが通常のヒールだと思ってもらえるように、いつものように長めに触れる。


「弟の本音が知りたいんだ」


 リカルドの部屋に入る前、レオハルトは真剣な表情だった。


「薬の効果がない状態でも、エリザベート嬢の側で冒険者としての人生を歩みたいのなら……それでいいと思っている」

「殿下!」


 その言葉に焦ったのは側近だった。リカルドは優秀だ。それに兄弟仲はいい。王都でレオハルトの政務を支える人物として彼ほどの人間はいないだろうと考えていた。


「リカルドならどこにいたって私を支えてくれるさ」


 家族の顔をしていた。今世のトリシアには縁がない表情だと思っていたが、最近はあの貸し部屋の住人達に対して自分がそんな顔をしていたり、そんな顔をされていることを知っている。


 治療を終えると、憑き物がとれたような顔つきのリカルドが目の前にいた。


「トリシア、変なことを言って悪かったね……八つ当たりをしてしまった」

「いいえ。私の方こそ出過ぎたことを申しました」


 薬の効果をヒールで消してもまたすぐに復活するとレオハルトは言っていた。そうしなければリカルドは途中で後悔して自らその薬の元凶を体内から取り除くだろうから、と予想していたのだ。リカルドは自分のことをよくわかっていた。

 だがもう薬の効果が復活することはない。根本からにしたのだから。しかしそのことを本人は知らない。


「リカルド。本当に冒険者として生きていくつもりか?」


 先ほどまでとはうってかわって、レオハルトは厳しく糾弾するような口調になった。


「どれだけ面倒なことになると? そのことがわからないお前ではないだろう」

「……。」


 リカルドは黙って聞いている。薬の効果が現れるのを待っている様子だ。だがいつまでたっても、先ほどまでの高揚感がやってこない。そのうち、顔が悲壮感で溢れ始めた。心臓を抑えて黙りこくっている。


(そんな……諦めないでよ!)


 トリシアはあれだけ巣に第二王子が住むのを嫌がっていたのに、いざ彼が怖気ずき始めたのをみると応援したくなっていた。


「殿下! 面倒でもいいのです。面倒な人生だって楽しむことができます!」


 トリシアだって面倒なバックグラウンドの持ち主だ。ルークも、エリザベートもティアも……巣の人間は皆そうだ。だけど楽しくやっている。もちろん、王族である彼と比べるのは違うかもしれない。だが、を抱えて生きているということは同じだ。


「面倒ごとがどうにもならなかったら……手伝いますよ! 私!」

「わ、私もです!」


 トリシアの後押しの一言に、エリザベートが乗ってきた。そしてついにリカルドは、兄の目を見てこう答えた。


「兄上、私は私の愛する人の側で生きたいのです! ……冒険者になりたいのではありません。ただ彼女の近くにいると、私は私が望む姿の私でいられるのです」


 ついに本音を吐き出した。何の力も借りずに。


「わかった」

「え?」


 少しだけ微笑んで、レオハルトは部屋から出て行った。


 その後リカルドは、正式にエディンビア滞在許可が王から下り、トリシアの龍の巣で暮らすようになる。

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