第6話 お迎え①
エリザベートとルークはその後1週間帰ってこなかった。いつもなら他の冒険者や傭兵が交代で護衛に入るのだが、今回は第二王子と接触できる人間を制限した方がいいと判断したのだ。
(第二王子もそこそこ腕が立つみたいだったけど。やっぱり王族は特別ね~)
トリシアは例の惚れ薬のことは知らされていなかったので、ただ護衛をしているだけであろう2人の帰りを待っていた。
(だけどそろそろ王都からお迎えが来る頃よね?)
実はトリシアは焦っていた。ものすごく。
「アッシュさん! 誰か巣に住みたいって冒険者いないですか!?」
「巣じゃなくて、新しく作ってる方の問い合わせは多いぞ」
「早目に部屋埋めときたいのに! 家賃下げようかな!?」
万が一にも第二王子リカルドがここに住むことにならないように、トリシアは早く満員御礼の看板を出してしまいたかった。
「アハハハハ! お前がそんなに嫌がるのも珍しいな!」
「王族なんて本来雲の上の存在ですよ!? こんな身近にいていい人じゃないですって」
「王都から迎えがもう到着するさ。そんなにビビる必要はねぇだろ」
流石のアッシュも、第二王子リカルドがこのまま彼の希望通りここに住むことになるとは思っていない。
(ただあの王子がこのまま大人しくしてるかどうか……)
エリザベートもルークもそう思って張り付いているのだ。
すでにアッシュがリカルドの体内にある惚れ薬の成分はヒールで解毒済みだった。なのにまだ何かある、と感じるのは冒険者としての勘だ。
「トリシア、悪いが殿下がこの街にいる間できるだけ
「……了解です」
アッシュに頼られるのは少し嬉しいトリシアは大人しく従った。週に2度はダンジョンへ行くようにしていたが、スピンと新しい貸し部屋の打ち合わせを進めたり、もうすぐ届く予定のコインロッカーの受け入れ準備をしたり、のんびりとティアやピコと一緒に庭いじりをして過ごすことにした。
その為、トリシアはまたしても自分の家で王族と対面する羽目になる。
「……トリシア、誰か来た」
「……王子だって言ってる……」
最初に対応したのは、たまたま出かけようとしていた双子で、泥だらけで庭仕事をしていたトリシアを呼びに来てくれた。ケルベロスは悪意のない人間には反応しない。その日も小屋の側でハービーとピコと楽しそうに遊んでいた。
(え!? リカルド様!?)
領城から抜け出した? でもあの2人から逃げ切るなんて……。急いで泥を払い、そんなことを考えながら急いで入口に向かうと、3人のフードを被った男性が立っていた。
「?」
「悪いが中に」
「あ、はい。どうぞ……」
(王族の関係者かな?)
後方の男性に急かされ、急いで3人を招き入れた。
(ケルベロスがいると思うとずいぶん気が楽ね)
彼らの反応がないということは、こちらに害意はないのだ。そんなことを呑気に考えていた。ティアは急いでお茶を入れている。
フードの3人のうち1人は、警戒するように入口の側に立った。そうして真ん中にいた男がおもむろにフードを外し、
「弟が世話になったな」
そう言った瞬間、トリシアは崩れ落ちそうになる。
「だだだだだだ第一王子……様!」
急いで軽く膝を曲げ頭を下げる。
(なんで!? なんでまた王族がここに!!? ていうか次期国王がなんでここに!!?)
トリシアは王都へ行った際、たまたま遠目で第一王子レオハルトを見た。ただ有名人を見たな、という感想で終わっていたのだが、ちゃんと人相は覚えていた。武闘派と言われるだけあってか、第二王子リカルドを少々厳つくした顔つきだが、よく似ている。
「顔を上げてくれ。今日は商人のドラ息子がエディンビア観光にやってきたという設定でやってきたのだ」
はっはっは! と笑っていたが、トリシアがさらに混乱するだけだった。
(設定って何よー!!?)
今日は双子がアッシュを呼びにギルドまで走っているので、前回よりも早く応援は来るはずだ。
「今日はお忍びでいらしている。気にしなくていい」
側近と思われる男が穏やかな声色でトリシアに話しかけた。それでようやくトリシアは状況を確認する気になった。
「ほ、本日はどのようなご用向きで……?」
「いやぁ。冒険者専用の貸し部屋があると弟に聞いて興味があってな……まあそんな目でみるな冗談だ」
すぐにトリシアの疑いの眼差しに気が付いたようだ。
「……我々はここでかまわないが、おそらく場所を変えた方が君にはいいかもしれないな」
その言葉を聞いて、トリシアは血の気が引いた。
(ああ、私のスキルのことだ)
王族に目をつけられるなんて。トリシアは絶望感でいっぱいになる。
トリシアの部屋にある客間で、青ざめたトリシアを見たレオハルトが慌てた。
「ああすまないな! 怖がるようなことはなにもない。安心してくれ。ただ君に少し協力してほしいことがあるんだ」
「へ……?」
緊張していて何も考えられなかったが、レオハルトは噂に聞いていたような厳しい人柄ではなさそうだった。常にトリシアを気遣ってくれているのだから、少なくとも酷く恐れる必要はないのだと少し前向きに考える。
「君のその
「……それはかまいません。あの、私のスキルのことはやはりご存知なのですね」
「まずこれだけは言って置く。君の周囲の誰かが裏切ったなど少しも考えないでくれ。お陰で優秀な家臣達はかなり苦労したのだから」
優しい微笑みだった。
「それに君自身をどうこうするつもりはないことも、最初に言っておこう」
(あ……この人、すごく優しい人だ)
トリシアを安心させようとしてくれているのがわかった。
「なんなりとお申し付けください」
だからトリシアは詳細は聞かずに承諾した。
「ありがとう。助かるよ」
入口でなにやら揉める声が聞こえてきた。双子とアッシュが巣に戻ってきたのだ。双子はトリシアがピンチなのだと思ってすぐに駆け付けたいが、レオハルトの側近の1人に足止めを食らっていた。アッシュに止められているとはいえ、2人が側近をかわせないなんて、流石第一王子の側仕え。なかなかの実力者だ。
結局、ティアがトリシアは大丈夫だと双子をなだめ、物音は止まった。
第1王子はゆっくりと説明を始めた。
「君と同じスキルを持つ人間が、この国の歴史上1人だけいた……この国の最初の王だ」
「ええ!? そんな記述、どこにも……」
「感心だな。王国史を読んだのか」
トリシアは孤児院で暮らしている時に読んだその分厚い本のことを思い出していた。この国の初代国王は長く続く戦乱の世を圧倒的な力を持って統一した。前世の戦国時代を思い起こすような内容だったためとてもよく覚えている。
「そうだ。このことを知っているのは王族でもほんの一部。他言無用で頼むよ」
コクコクとトリシアは首を縦に振った。
「多くの兵達の傷を一瞬で治しただけではない。壊れた武器や城もあっという間に直したんだ。遠征中の食料が腐ろうとも関係ない。敵に麦畑が燃やされたって翌日には元通り……そりゃあ負けないさ」
「確かに……」
自分の力を戦争に使うなんて考えたことがなかったトリシアは、自分も同じことが出来るのだと思うと怖くなった。
「それだけ君のスキルは脅威になりえるものだということもわかってほしい。だがこの国にいる限り、私は君の今の生活を保障する」
「……戦争になったら?」
「そうならないための私だよ」
思わず漏れ出たトリシアの不安に、レオハルトはまたも優しく答えてくれた。
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