第4話 大騒動

 2号棟の計画は順調に進んでいる。前々からスピンとは話を進めていたため、方向性は決まっていた。

 部屋は1人1部屋、玄関には大きめの荷置場、ベッドに1人用の椅子とテーブル、戸棚にクローゼット、それから風呂とトイレ。1階の厨房と食堂はそのままだ。そこを基準に間取りを調整する。


「建物の価格を抑えられたのは大きかったですね」

「ですね。その分人件費を増やして早めにオープン出来そうですか?」

「それがですね~……最近は工事依頼が多くって」

「建築、増築、改装ラッシュって言ってましたもんね……」


 エディンビアの街は盛り上がっている。人口の流入に伴い、宿屋も家も増えていた。スピンも王都から帰ってから毎日忙しそうにしている。


「以前来てもらった、秘密保持契約済みの作業員のスケジュールが決まり次第ですね……彼らにある程度動いてもらえればあとは何とかなると思います」


 トリシアは龍の巣の改修の際、スキル能力を使って建物を何度もリセットすることで資材を取り出していた。今回も同じ手を使うつもりなのだ。秘密保持の魔法契約をしている作業員であれば、不思議な現象を口外することはない。


 そんな話をトリシアの部屋にある客間で話していた。具体的になっていく計画にトリシアはワクワクしっぱなしだ。

 だが、そんな気持ちを一瞬で消し去る出来事がトリシアを襲った。


「ご、ご主人様……おお、お、お、客様がいらっしゃいました」


 ここまで動揺するティアを見るのは初めてだ。


「ん? 誰だろ?」


 ティアは大きく息を吸った後、冷や汗をかいたまま答える。


「第二王子が……リカルド殿下がおこしです……!」

「はあああ!?」


 思わず叫んでしまった。


「エリザに会いに?」

「い、いいえ。ご主人様にお会いしたいと」

「なんで!?」


 なんでなんてティアにもわからない。一度護衛の仕事を引き受けたことがあると言っても、王族と一介の冒険者、それもトリシアのように身分の低い階層出身者が関わりあうことなど、本来ならありえないのだ。

 とりあえず着の身着のまま階段を駆け下りる。第二王子リカルドは信じられないことに建物の外で待っていた。しかも1人だ。護衛も見当たらない。なにより身なりがいつもの王族の様相ではない。


(冒険者みたい……)


 それで以前、エリザベートが言っていた言葉を思い出したのだ。


『私と添い遂げたいのなら、貴方も冒険者になって』


 そうリカルドに伝えると。


(まさか……まさか……) 


「誰か夢だと言って……」

「ずいぶんだなぁ~。これは夢じゃないさ! 紛れもない現実!」


 思わず漏れ出たトリシアの言葉を聞いて、リカルドは大笑いしながら返事をした。

 よりにもよって今日はエリザベートもルークもいなかった。ハービーがアッシュを頼りにギルドへ走ってくれている。


「申し訳ございません。エリザベートは今ダンジョンへ行っておりまして」

「ああかまわないよ。今日用があるのは君だからね」


(ああ~その用事の内容は聞きたくない……)


 トリシアはもうこれから何が起こるのかわかっていた。


「ここに私を住まわせてはもらえないだろうか」

「あ……あ……あの、そ、その……」


 トリシアは吃りながら断りの言葉を考えていた。どうしてもこの手の面倒ごとは避けたい。散々抱え込んできたトリシアだが、王族は別だ。王族だけは抱え込めない。


「で、殿下がお住まいになるにはここは少々手狭かと……」

「そんなことはない。今日から私は冒険者だ。そんなことは少しも気にならないさ!」


 いくら爽やかに答えられても今のトリシアにはなんのプラスにはならない。


「嘘……冒険者って……嘘!?」

「嘘じゃないさ! あ、悪いがあとでギルドに着いてきてくれないか?」

「それはいいですけど……嘘……マジで……」

「アハハ! トリシア、崩壊していってるぞ!」


(アハハじゃなーい!)


 エリザベートが望む通り、リカルドは冒険者になるつもりのようだ。


(何考えてんの!? ただの貴族じゃない! 王族よ!? 王族なのよ!!?)


 しかも王位継承権第2位。暗殺者までやってくるほどの有望株だ。今頃各所大騒ぎになっていることは予想がつく。


「聞きたいことも言いたいこともいっぱいあるって顔だねぇ」


 ニヤニヤと面白そうにしているが、少しも笑い事ではない。


「私をここに住まわせてくれたらこと細かに教えようじゃないか!」


 もちろん色々と聞きたいが、それよりも今すぐお引き取り願いたい気持ちが勝る。王族が護衛もつけずにいるなんて、落ち着かないわけがない。


「パース! プレジオ!! フュリー!!!」


 ケルベロスはすぐにトリシアの呼びかけに応じ、玄関までやってきた。なんだなんだと不思議そうだ。


「わー!!! すごい! 本当にケルベロスが住んでるんだね! しかも馴染んでる!」


 嬉しそうに騒ぐ第二王子をケルベロスは怪訝な目で見ていた。


「お願い。変な奴が来たらすぐに追い払って」

「ガゥ」


 そう返事をした後、第二王子リカルドの方を再度見る。


「この人以外! この人以外の変な奴よ!!!」

「どうも変な奴でーす!」

「ももももも申し訳ございません!!!」


 もうトリシアは頭がどうにかなりそうだった。家主としての威厳はなく、ただワタワタとするだけだ。


(不様……というか不敬罪……)


 第二王子リカルドはこんなキャラだっただろうかと過去の記憶を呼び覚ます気力もなくなりつつあった。


「殿下!」


 アッシュが息を切らしながら巣に戻ってきた。その後ろから他のギルド職員も走ってきているのが見える。さらにその後方にハービーが。


(助かったぁ……)


「やぁアッシュ! 久しいな!」

「殿下、すぐに領城まで。お供いたします」

「いやいや。私はもう王族を抜けるんだ。エディンビア家の世話になるわけにはいかないよ」

「それでも今はまだ貴方様はこの国の第二王子。どうぞこちらへ」


 アッシュは最近益々威厳が増していた。肩書が板についている。王子とは経験値に差があるせいか、流石の王子も観念したようだ。


「また来るよ」


 ニコリとトリシアに笑いかけ、アッシュとハービー、ケルベロスや他のギルド職員に急遽集められた冒険者達に囲まれて、大きく手を振りながら去っていった。


「あ、嵐のようだった……」


 流石あのエリザベートに恋をしてるだけある。


「また騒がしくなりそうですねぇ」


 少し離れたところから見守っていたスピンがしみじみと言った言葉が、身に染みたトリシアだった。

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