2号棟

第1話 変化

「はいこれ! お土産!」

「ありがとうございます」


 ティアは嬉しそうにトリシアに渡されたお土産を受け取る。とてもいい匂いがする石鹸だ。綺麗な刺繍の入ったスカーフに包まれている。


「おぉ! 滅多に出回らねぇ酒じゃねぇか!」

「こりゃ上等なやつだぞ!!!」


 アッシュとダンはあまり出回っていない珍しい酒を手に入れ大はしゃぎしていた。


「綺麗なレースね」


 エリザベートは細かく編み上げられたレースのハンカチをじっくりと見て感心する。


「ぼ、僕まで……あああありがとうございます!」

「ガウ」


 ハービーにはガラスのカップを。大人しく待っているケルベロスには頭の数だけ大きな燻製肉を。


「きゃー! 似合う~! 暑い日は被るのよ~……ってもう来年かな」


 子供用の可愛らしい帽子はまだ少し大きい。エディンビアはすでにほんのり秋の兆しを感じられる日が増えてきていた。


「マルス島はどうだったの?」

「……暑かった」

「海が……透明だった」


 双子は日焼けで頬と耳が赤くなっていた。


「あはははは! 流石のお前らも日差しには勝てないか!」


 アッシュは大笑いだ。


 トリシア達は王都からマルス島を経由してエディンビアに戻ってきた。

 マルス島には観光という名目だったが、実質、イーグルの痕跡を探しに行ったのだ。ギルドや、長くこの島に滞在している冒険者に話を聞いたり、ダンジョン内を探してみたが、残念ながら何もわからないままだった。


「まあこの手のダンジョンにはごくたまに隠し部屋ってのがあるからな」


 元気のないトリシアを励ます言葉がこれ以上ルークには見つからなかった。


(まったく……あれだけ腹を立ててたのにな。トリシアらしいよ)


 だけどそんなトリシアがルークは愛おしい。


「……嫌なやつでしょ?」

「トリシアのこと……追い出したやつ……」


 双子はなぜトリシアが悲しそうな顔なのかわからなかった。


「ホントそう! 私を裏切ったクソ野郎よ! ……だけど姉弟みたいなもんでもあったの」


 あの孤児院で助け合って暮らしていた。冒険者になっても力を合わせて生きてきた。そんな積み重ねがあった。その過去をなかったことにはできない。


「2人も、喧嘩してどんなにムカついても死んでまでは欲しくはないでしょ?」


 報いは受けて欲しいが、彼の死は望んでいなかった。


「……喧嘩しない」

「うん……」


 双子はべったり仲良しというわけではないが、いつも一緒だ。お互いがいなかれば魔の森で生きていくことができなかった。


「複雑なんだよ。色んな気持ちがぐちゃぐちゃになって……だけど最悪の結果までは望んでないんだ」


 ルークがフォローを入れる。彼にも思い当たる人物がいるのだ。


「……フクザツ」

「ナルホド……」


 自分達がそれを理解するには少々難しい感覚なのだと双子は理解できた。



◇◇◇◇◇


「ルーク。お前なんかあったのか?」

「ん?」

「ずいぶん顔が穏やかになったじゃねぇか」


 楽しそうに帰ってきたルークにアッシュは嬉しそうに尋ねた。ルークにいい変化があったのは明らかだ。


「まーな! クソ親に捕まった!」

「はあ!? なんだそりゃ!?」


 まったく予想外の出来事を知らされたアッシュは思わずのけぞるほど驚いた。ルークの親が出てきたことも、その親にあのルークが捕まってしまったことも。


「で、アイツらに助けてもらった。生まれて初めて他人に助けられたからな~凹むってもんだろ」


 小さく笑う顔は少しも悔しさが見えない。


「それにしても……お前が捕まるなんてよっぽど気合入ってるじゃねーか親御さん」

「ま。ヴァリアス雇ってたからな」

「ヴァリアス~!!? そりゃ金がかかってんなぁ」


 ヴァリアスへの依頼料はS級の中でも桁違いなのは有名なのだ。


「結果払い損だな。ヴァリアスも久しぶりに引き受けた依頼に失敗しちまってザマァミロだ」


 今度は意地悪い笑い顔になった。アッシュはこんなにころころ表情が変わるルークを見て嬉しくなる。


「なんにせよ、実りのある遠征になってよかったな」

「……そーだな」

「で、トリシアとは?」


 次はアッシュが意地悪な笑顔になる。


「う、うるせぇ! 無駄に焦らないって決めたんだよ! 俺らには俺らのペースがあんの!!!」


(ま~たガキみたいなこと言って……)


 すでにトリシアもルークも結婚適齢期。そろそろ周囲も煩いだろう。だがそれでいいとアッシュもわかっている。まだまだからかいう楽しみも続きそうだ。



 さて、トリシアの方はやる気に満ち満ちていた。王都での仕事もマルス島への立ち寄りもとても刺激になっていたのだ。


(我が家に帰る……って感覚を冒険者にも持ってもらいたい!)


 王都もマルス島もとても楽しかった。だが自分の部屋に帰ってきて、なんとも言えない安心感に包まれたのだ。これはきっとこれまで通り冒険者を続けていたら味わえなかった。


 龍の巣の時は自己満足のための貸し部屋作りだった。自分が住んで満足できる部屋が基準だったのだ。運よく同じような部屋を望む冒険者が入居してくれている。それも長期借り上げだ。ある意味成功だと言えるが、数が少ないことも思い知った。タイミングや運に助けられたと言っていい。

 だから次は、多くの冒険者に受け入れてもらいやすい貸し部屋を目指す。


「このやる気と情熱を早く打ち合わせに注ぎ込みたいのに! 肝心の! 物件が! ない!!!」


 巣の1階で、久しぶりに『エディンビアの家庭料理を広める会』による美味しい昼食を食べながら、トリシアは悔しそうな声を上げる。


「ですねぇ~こればっかりはどうしようもありません」


 スピンもソワソワしている。彼も今回とても楽しんだ。普通、冒険者や商人以外の人間があっちこっちへと遠くまで移動することはほとんどない。魔物や盗賊の危険性が常にあるからだ。だが今回、一度も怖い目にあわなかった。正確には魔物にも盗賊にも出くわしたが、同行者が強すぎて一度も恐怖を感じることがなかった。


「では僕も積極的に探しに入りますね! 予算は、少し上げるということでいいですか?」

「はい! 魔道具代も少し浮いたし、予定外の収入も多かったので……いけます!」

「わかりました! なにかあればすぐに来ますね!」


 2人はガシっと力強く握手をした。そんな2人を『エディンビアの家庭料理を広める会』の奥様方が面白そうに見ている。その中の1人、メルチェ夫人が意を決したように声をかけた。


「ねぇ。貴方達が探しているのって、宿屋にできるような大きな建物だけかしら? 小さなお屋敷なんだけど、手放したがってる人がいて……ここからそんなに遠くもないんだけど」

「え!!? 是非とも教えてください!」


 食いつくような2人の反応に、メルチェ夫人はたじたじだ。


「こーら! 深呼吸! 落ち着きなさい」


 スピンの祖母に注意され、言われた通り深呼吸する。


「メルチェ夫人、どうかご紹介願えますでしょうか」


 急にあらたまった口調になったトリシアをみて夫人は大笑いしてしまう。


「ええ、もちろんですとも」


 トリシアはワクワクした表情だけは押さえることが出来なかった。

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