第6話 門番

 サンドラの治療はすぐに終わった。が、一瞬で治したと思われないようにあえて時間がかかったフリをする。触れている間中、彼女の緊張が伝わってきた。


「終わりました」


 鏡を見たサンドラは、ホッとした表情の後、すぐに口をキュッと結び、再びトリシアに礼を言った後、


「迷惑かけてしまったこと、謝りに行くわ!」


 気合を入れているようだった。


「あ……貴女に会えてよかった!」


 照れ隠しのように、あえてぶっきらぼうに言う姿がトリシアにはとても可愛らしく見え、胸が温かくなる。


(上手くいくといいけど)


 サンドラの初恋が、せめて綺麗に終わるよう祈るしかなかった。




「リザポートって言えば大きな港がある領よね?」


 そこは海外との交易も盛んな街だ。エディンビアはこの街でとれる魔物の素材の海外輸出まで考えているのだろう。少しでもリザポート家と繋がりを持ちたいようだ。


「だな。最近さらに儲かってるらしいから、恩を売っておいて損はないって思ってんだろ」

「私の治療がエディンビア領に貢献できるならなによりだわ」

エドガー領主代理がお前のこと、妹の親友だとか、領城のお抱えヒーラーみたいなもんだとかいいように言ってたもんな」


 それを言いたいがためにあれだけ毎日たいした用事もないのに城に呼んだのかとトリシアは苦笑する。


 依頼の帰り道、ルークと市の屋台で軽食をとっている。ルークはまた別の冒険者と護衛を交代した。サンドラの顔が綺麗に治ったのをみて、安堵してわんわんと泣く侍女を2人で慰めていたらあっという間に夕方になってしまった。

 トリシアは、日が長くなってまだワイワイと賑わっている市の雰囲気を感じながら食べる焼き串が好きだった。片手にはエールを握っている。今日はいい仕事をした。


「こんなに豊かな街なのに、領地経営って大変ねぇ」

「まぁでも、アイツは悪くない領主代行だな」


 エディンビア領も豊な街だが、その最たる資源はダンジョンの魔物だ。トリシアがこの街に来た時のように、特殊なボスの出現によって魔物の素材が取れなくなったり、スタンピードの可能性があったりと不安材料が尽きない。エリザベートの兄エドガーは、領主代理として色々と収入を上げる可能性を広げようとしているのだろう。



◇◇◇◇◇


 巣の庭でケルベロスを撫でながら、スピンがコインロッカー用の馬小屋を隅から隅まで採寸してくれている。簡易金庫がどれくらい入るか確認するためだ。


「今聞いてるサイズだと20台入れても余裕がありますね」

「床はやっぱりそのままの方がいいですか?」

「そうですね~かなりの重さがあるって話を聞きますし。床を張るとあっという間に悪く……あ、でもあんまり関係ないか」


 スピンは話しながら自分で納得していた。彼はトリシアのスキルの詳細を知っている。例え床がボロボロになろうとも、すぐに直すことが出来るということを思い出した。だが、別の人物も近くにいるので詳しく話題にはしない。


「お金払ってもらうのに地面むき出しでもいいですかね~。ベンチでも置こうかな。荷物の整理も必要よね」

「ももも……目的は金庫の方なので冒険者はき、気にしないと思います」


 ハービーが一生懸命会話に参加する。今回はこのケルベロスの小屋も近くに建てる予定なのでスピンとの打ち合わせに同席してもらっている。


「プレジオ達はどう? どんな小屋がいい?」


 3つの頭それぞれの首元を撫でながらケルベロスに尋ねると、嬉しそうにグルグルと鳴いていた。


「あめっ雨除けの屋根があれば助かります。地面は別にこのままでも……」

「寝っ転がりやすいようにふかふかの敷物引く? でも夏は暑いか」


 ケルベロスはいつも夜はハービーと一緒に部屋の中で寝ているが、日中はよく庭に出ていた。やはりある程度広さがある方が彼らは落ち着くらしい。


「うちの門番さんに出来るだけ快適に過ごしてほしいから、何かあれば言ってね」

「あ、ありがとうごごございます!」


 ケルベロスはいつも庭をウロウロしていたが、彼らも室内以外の自分達の場所がある方が落ちつくのではないかとトリシアは考えた。……誰もケルベロスを育てたことはないので実際のところはわからないが。


 ハービーとケルベロスは危険な高位魔獣と一緒に暮らすという、トリシア側が当初から持っていた不安を自分達の力で払拭していったのだ。


 トリシアの巣が出来てから、周辺の治安はかなり良くなっていっていた。元々治安に関しては悪くはないエリアだが、それでも残念ながらコソ泥程度はいる。



 

 その日は、戦闘力のあるメンバーが全員ダンジョンや依頼を受けて巣にはいなかった。いたのはトリシア、ティア、ピコ。コソ泥はそれがわかっていた。だからゴリゴリのアタッカー達がいる夜間ではなく、日中を狙ったのだ。

 冒険者達は現金をギルドに預けていることは皆知っているので、目当ては魔道具だった。売ればいい収入になる。

 しかしコソ泥は知らなかった。この日、ハービーとケルベロスはいつもの日課であるダンジョンへ朝食を行っていないことを。その前日が入れ食い状態で、まだそれほどお腹が空いていなかったからだ。

 

 そのケルベロスはいち早く敷地内に侵入したコソ泥の気配に気づき、あっという間に大きな肉球でソイツを踏みつけた。爪を立てているのでコソ泥は叫び声を我慢できない。


「殺しちゃダメだよ!」


 ケルベロスは尻尾を振りながらコソ泥を押さえつけたままだ。ちゃんとハービーの言うことを聞いている。こんなコソ泥程度、ただのおもちゃのようだ。


「ヒィィィィ!」


 情けない叫び声は爪が食い込んで痛みからではなく、ケルベロスそのものへの恐怖からだった。


「うわっ! 何ソイツ!?」


 騒ぎを聞きつけて外に出たトリシアは瞬間的に構える。


「ど、どどど泥棒です! あの、プレジオ達の爪にはどどど毒が!」

「うわぁぁぁ助けてっ助けてくれえぇぇぇ!」


 急いで倉庫からロープを持ってくるようハービーに指示し、その間念のため風の魔法でソイツを縛って脅しをかける。


「お利口さんにしてたらヒールで毒は治してあげる。お利口さんにしてたらね」


 コクコクと首を縦に振り続けるコソ泥は必死の形相だった。


「プレジオもパースもフィリーもここ、こ、ここを家だと認識したんだと思います。な、縄張りってやつですね」

「あら~お利口さんじゃない!」


 そういった経緯があり、ケルベロスは日中ここの門番を務めることになった。彼にしてみれば、いつも通り過ごすだけなのだが、専用の小屋が出来るのは嬉しそうだ。


 心配だった近隣住民の反応は、日に日によくなる周辺の治安によって文句を言ってくる人はいなかった。


「この辺は最近、密かな人気エリアになってるんですよ」

「そうなの!?」

「ええ。領城付近張りに治安がいいので。最近じゃ夜道も怖くないっていう人まで出てるんです」

「ケルベロスは夜目もきくしね」


 スピンが面白そうにクスクスと笑った。ちょうどケルベロスは昨夜の散歩中、ガラの悪い酔っ払いが老人に絡んでいたところをヒト唸りで追っ払っていた。彼らは悪意に敏感なのだ。

 ハービーはお礼にたくさんの野菜を貰っていた。ケルベロスはそれには興味がないようだった。


「おかげで祖母も安心して過ごせて感謝してます」

「いえいえこちらこそ! ご近所様のご理解あってのココですので」

「ハービーさん方、近隣住民の親族として感謝申し上げます」

「と、とんでもない……」


 ニコニコと少し仰々しくスピンがお辞儀をしたので、ハービーは戸惑った。


 ゴロゴロと鳴きながらトリシアとハービーに体をこすりつけ、ケルベロスは幸せそうだった。ハービーは生まれて初めて落ち着ける場所を見つけたのだとわかった。


「僕たち褒められてるよ」


 3匹の首に抱き着きながら、流れそうな涙をグッと我慢した。

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