第4話 拒否

 ルークはチェイスがココにいることをすでに知っていた。先ほどまで領城まで行っていたのだ。そこでギルドマスターのアッシュと一緒に、チェイスが連れてきた依頼人患者の護衛を頼まれていた。


「たぶんエディンビア領側がけしかけたのもあるんだろ。早目にここまで治しに来いってな」

「私の評価高すぎじゃない!? いや、そりゃそれなりにできるけど……!」

「スタンピードでは派手に働いたし、トリシアありきのレアな人材も多いからな」


 ルークはそう言った後に、自分もその中に入っていることに気づき少し恥ずかしくなる。


(がないと冒険者続けにくい入居者が多いのは確かね)


 とは言え、ないならないなりに生きていけそうなメンバーだ。皆たくましい。


「そんなのわかってるだろ。その上でここに住んでんだ。住みたくて住んでるやつらばかりだろ」

「へへ」


 ルークが当たり前のように言ってくれたのが嬉しかった。



 トリシアの治療は、依頼人が滞在している貴族専用の宿屋でおこなうことになった。約束通り、治療以外の段取りはチェイスがおこなったので、トリシアは当日その場に行き、スキルを使うだけだ。


(おぉ~! いかにも高級! って感じの宿!)


「宿部屋っていうよりこれは家ね」

「だなぁ。部屋数も多いし」


 トリシアは初めてこんな高価な宿屋の中に入った。


(こんな機会がなきゃ入れなかったわねぇ)


 広い室内の照明はシャンデリアで、あちこちに大きな花瓶に色とりどりの美しい花が飾られている。調度品も細工の細かいものが多い。絨毯もこの世界ではこれまで見たことがないデザインだった。掃除も手間暇もかかりそうな部屋だ。

 今回、患者が誰かトリシアは教えてもらっていない。匿名希望だ。とは言ってもこれだけ豪華な宿に泊まり、S級冒険者が護衛につくというのだからある程度の身分だと想定できる。


「まもなくお嬢様が参りますがくれぐれも……」

「承知しております。ご不快にさせるような反応はいたしません」


 侍女が心配したのは、患者の今の姿を見てトリシアが顔をしかめることだった。おそらくこれまでそのような反応を受け、傷ついてきたのだろう。


「日頃は冒険者相手の商売をしております。それなりの症状の治療はおこなってきておりますのでどうぞご安心を」

「……ありがとうございます」


 そう言うと、奥の部屋の扉が開いた。黒いヴェールを顔にかけたままの女の子がゆっくりとこちらに近づいてくる。そのすぐ後ろにはルークが。


「ヒーラーと2人だけにして」

「いけません!」

「少しは言う通りにしてよ!」


 少女がヒステリックに叫ぶ。よほど他の誰にも姿を見られたくないのだろうとトリシアは思った。


「では護衛だけでも側に!」

「いや!」

「お嬢様……!」


 侍女と揉めているが、身分が高い相手のようだしなかなか口出しも出来ない。

 今回の傷は魔物によるものだったが、その魔物が彼女のいた領地に現れるのは非常に珍しいため、誰か悪意のある者が放ったのではないかと疑われていたのだ。だからチェイスは事前に来ることをトリシアに知らせなかった。もし敵がいたとしたら、どんな情報が使われるかわからない。


「じゃあ治療はうけないわ!」


 そう叫んで元いた部屋に戻ろうとしたので、結局侍女側が折れた。


(こりゃあ何かあるわね)


 わざわざエディンビアまで来て、治療を受けない選択肢が彼女にはあるのだ。そして侍女側はどうしても治療を受けてもらいたい……。


「俺が屋敷 感知能力スキルで見張ってる。ここはトリシアに任せることを勧めるよ」


 そう侍女を慰めていた。侍女の方は頬を染め、コクリとうなずいた。そしてそんな2人を見て、トリシアは少しだけヤキモチを妬きそうになるのだ。


(ずいぶん優しいじゃん)


 良いことなのに。それにこんな小さなことでいちいち妬いてたら大変だ。ルークはモテる。


「ではお嬢様、失礼致します」


 ヴェールを上げ、トリシアは出来るだけ淡々と感情を込めずに言った。


(これは……)


 顔の半分が焼きただれていた。痛くて怖い経験をしたのだろうと、そっと撫でたくなるがそれが許される立場ではない。


(治療痕もいっぱいあるけど……全部治すのは難しいでしょうね)


 一部の魔物は炎に魔力が練り込まれているので、通常の治療ではなかなか根治できない。火を消し、命に別状がなかっただけでもすごいことだ。


(ま! 私には関係ないけど!)


 そっと傷跡に触れる。


「治療に痛みはありませんのでご安心を」

「ちょっと待って!」


 少しの間黙っていた少女が急に声を上げた。


「貴女には悪いのだけど……治してほしくないの」


(なんで!? え? なんでぇ!?)


 困ったことになった。本人の希望ならその通りにしてあげたいとは思うが、高額な報酬はすでに半分貰っているし、治療出来ないとなるとトリシアの評価も下がる。


「……左様でございますか」


 それに身近にいる高貴な身分の持ち主たちと違って、トリシアはこの少女と特に関係を築いてきたわけではない。トリシアの身分では簡単に理由を聞くことはできなかった。が、それはすぐに解決する。


「治ったら第二王子と婚約させられちゃうの!」


(第二王子ってリカルド様!?)


 トリシアが面食らっているのなど関係ないと言わんばかりにさらに話し続ける。


「それに私他に好きな方がいるの! ヒーラーで、一生懸命この傷を治そうとしてくれたわ!」


 少女は訴えかけるかのように前のめりになっていた。


「彼のおかげで目の周りはだいぶ良くなったのよ! 見えるようにもなったし!」


 ほら! ここよ! と、治療痕に指をさす。トリシアがなにも反応しないので、少女は必至そうだ。もし第二王子との婚約を推し進める家族や侍女の味方につかれたらと心配なのだ。


(リカルド様、相変わらずエリザにアピールしまくってるけど……どうなってるんだろう……)


 8歳の恋バナより、友人の近況の方が気になってしまい集中できない。


「聞いてる!?」

「え!? はい! 聞いております! はい!」


 慌てて返事をする。患者に対し失礼な態度だったと反省した。


「じゃあどうして何も言わないの!?」

「詮索はしないよう、初めに言われておりますので」


 これは本当だ。今回は秘密厳守の契約魔法を結んでいないが、口頭で強めにそう言われている。おそらく少女のこの傷は貴族社会では知れ渡っているのだろう。今更隠す必要もない。だが高位貴族が身分の低いヒーラーの治療を受けるのは抵抗がある。身分の差を見せつけたかった。孤児出身のトリシアへの小さな抵抗、拒絶だったのだ。


(貴族なんてそんなもんだし。今更別にどうでもいいんだけどさ)


 ハッとしたような表情の少女はついにまくしたてるのをやめた。そして少し申し訳なさそうな顔になった。まだ幼いが世の中のことがわかっているのだろう。トリシアに対して自分の世話係達が無礼な物言いをしたことに気が付いたのだ。


(ささっと治療して終わりのはずだったのに~!)


 少女の表情を見て、どうやらそうはいかなさそうだと、トリシアはバレないように小さく深呼吸をしたのだった。

 

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