第2話 新しい商売
龍の巣の庭には馬小屋があった。宿屋時代の名残だ。あまり大きくはない。建築中は資材や荷置場となっていたが、今はもうほとんど使われていない。時々、畑用の道具なんかを置いていたが、今はもう小さな倉庫を作ってしまっていた。
「コインロッカーを作ろうと思うの」
「こいんろっかー?」
ダンは首を傾げた。
「1日銅貨5枚くらいで鍵付きの入れ物を貸して荷物を預かるの。サイズはそうね……酒樽1つくらいかな」
冒険者が背負っている鞄がすっぽりと入るくらいの大きさだ。
(トランクルームって感じでもないしね〜)
そこまでの大きさが必要な冒険者は少ない。
庭にある東屋で、ルークが買ってきてくれた最近街で流行っているアイスフルーツを巣の皆で食べながら、全員が海の方を向いていた。
「以前おっしゃっていた貸し倉庫というやつですか?」
「そうそう。馬小屋のとこに設置しようかと思って」
トリシアは小さな馬小屋を指さす。ティアが計画を覚えていてくれて嬉しかった。
「もしかして馬小屋として使うかもと思ってそのままにしていたけど、プレジオ達も部屋で寝てるし、有効活用しないとね」
「す、すみません……」
「いやいや! 気に入ってくれて嬉しいよ」
ケルベロスはごろごろと猫のように鳴き、トリシアの手に顔を擦り付けた。見た目は犬に近いのだが。
当初は建物の地下を想定していた。だが正面玄関は夜間、住人以外は出入りできない。ならば外に既にある馬小屋を改装しようと、トリシアは前からスピンに相談していた。
「外にあるってことは盗難の心配が出てくるんじゃねぇのか?」
「ふっふっふ! 実は今いい魔道具があるんですよ~!」
全員がまたか、と笑った。トリシアの魔道具好きは皆知っている。
スピンからの最新情報で、王都では個人宅や個人商店向けサイズのロッカー型の小型金庫が出始めたと知ったのだ。
(中古がないのが痛いけど~……)
自分のスキルを活かさず新品を買うなんて、ただの魔道具オタクになりつつあるという自覚があった。
(でもでも! 壊れたら自分で直せるし!)
何度も自分へ言い訳をしている。
「それで一度王都へ行こうと思ってるんですよ」
「おう。留守番は任せろ」
「ありがとうございます。ちょっと出稼ぎも兼ねて魔道具の展示会に行ってみたくて」
チェイスから何度も催促するような手紙が届いていた。表向きは高貴な方々の古傷の治療の話を早く進めたいということだったが、実際はティアに少しでも早く会いたいだけだ。
「ああ。その金を魔道具を買うあてにしてんのか」
「ご名答~!」
ダンはまた大声で笑った。
「元が取れるまでどんだけ時間かかるんだよ」
「減価償却なんて死ぬまでにできればいいかなって。これは一種の社会貢献なんです!」
得意気な顔をするトリシアを見て皆が笑った。ただ魔道具の展示会に行くための理由にしていることはバレている。
「あっ……! そ、そろそろ始まるみたいですよ……!」
「どこどこ!?」
海の上に小さな人影が見えた。ルークとリリとノノだ。
3人は突然現れた大型の水生魔物の討伐に急遽駆り出された。トリシアとアイスフルーツを食べようとしていたルークは少し嫌そうな顔をしたが、
「明日また一緒に買いに行こ!」
というトリシアの誘いに気をよくして、自分の分を他の住人に渡した後で双子を引き連れてそそくさと海へ向かった。
「魔力持ちはいいよな~俺もやりたかった~」
ダンが羨ましそうにしている。
「そういえばピコは魔力、どうなんですか?」
「ん~まだわかんねぇな」
魔力の有無がわかるのは人によって違うが、だいたい5歳前後のことが多い。あまり小さいうちから魔法が使えると自身の魔法で怪我をしてしまうこともあるので心配する親もいるのだ。
「お! 動いたぞ!」
全員が上空に高く飛び上がっている。相手は巨大なイカかタコのような足を持つ魔物だった。
「アレをどうやって倒すのかしら?」
ダンと同じく今回の討伐に参加できなかったエリザベートが悔しそうにしていた。
「クラーケンは足をやっても死にはしねぇからな~胴体に一撃入れる必要がある」
何本もの足が水中からウネウネと飛び出し、ルークたちを捕えようとしていた。だが3人の方が早い。どうやら双子が足を捌き、そのすきをついてルークが本体を攻撃する作戦のようだ。
「お! ノノが1本切り落としたぞ!」
空中でノノを補足しようとした大きな足が水しぶきを上げて海面に落ちた。ノノはそれを足場にさらにほかの足も切り捨てる。
「リリも負けてないわ」
「す! すすごい……!」
リリは斧をブーメランのように操っていた。どんどんクラーケンの足はなくなっていく。
「お! 胴体が浮かび上がってきたぞ」
「アッチの負けね」
トリシアの言葉とほぼ同時に、ルークが思いっきり風の魔法を纏った剣でクラーケンの体を貫いた。
大きな波しぶきが見える。
「お、大型水中魔物をこんなあっさり、た、倒すなんて……!」
ハービーは初めてルークの凄さを目の当たりにした。もちろん双子のすごさも。住人達が心配する素振りもせずに観戦していた理由がわかった。
(この建物にはこんな人たちばかりが住んでるのか……)
だからこそケルベロスを連れた自分が受け入れてもらえたのだとあらためてわかった。彼らはきっと何かあれば躊躇せずハービーの恐ろしい愛獣に立ち向かう。立ち向かえる。しかもそれは過信ではない。しっかりと自分の実力を把握しているのだ。
「ねぇねぇ。あれって食べれるの?」
「食える! よーし港にいくか~」
「行く行く~!」
そうして皆で連れ立って、ルーク達を迎えに出かけたのだ。
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