第12話 引っ越し

「今日は依頼を受けてくれてありがとう。早速作業内容を説明します!」


 引っ越し当日、秋晴れで気持ちのいい日だった。

 集まった冒険者は全部で4名。全員がソロの冒険者でD級以下。それにトリシア、ティア、双子の姉弟、それからスピンが加わる。総勢9名だ。


「ここにある物を別の建物の部屋に移動させて設置をしてもらいます。大きい物もあるので気をつけて作業してください」


 倉庫の扉を開けて中を見せる。結局倉庫は2つも借りていた。中には家具がぎゅうぎゅうに詰められている。


「作業中に怪我をした場合すぐに教えたください。治療費はいただきません」

「また家具や建物を傷つけたら壊したりした場合も隠さず教えてください。報酬から引いたり、逆に金を払えなんて言わないので!」


 トリシアはしっかりと説明するが、一部の者達はそれどころではなかった。目線が、ある女性から離せないでいたのだ。ティアはそれに少しムッとしていた。


(いや~これは仕方ないって……)


 トリシアも自分の行動が少し不自然になっていた。声はうわずるし、あえてその人を見ないようにしていた。事前に言われていたのだ。


「お久しぶりです、トリシア。ご覧の通りわたくしはただの冒険者となりました。貴女もそのつもりで私を扱ってくださいね」


 髪の毛をバッサリとショートに切っていた。

 エディンビア出身者全員が、エリザベートの方をチラチラと見ている。そっくりさんにしてはあまりにも美しすぎるのだ。

 それに気がついたエリザベートは少し不適な笑みを浮かべた。


「皆様、どうか依頼主の説明をお聞きになって。私のことは後ほど」

「は……はい……」


 これで全員がエリザベート本人だと確信した。


 作業はかなり順調に進んだ。ギルドに依頼した冒険者は、エリザベート以外魔術師だった。

 風の魔法を上手く操り、重い家具を馬車に乗せ、降ろし、さらにまたそれを階段や窓から建物の2階3階、そして屋根裏のトリシアの部屋にまで搬入した。

 魔法より重さが勝る時は数人で力を合わせて融合魔法を使ったので、ソロの冒険者達にはいい経験になったようだ。

 エリザベートはその怪力を発揮してヒョイヒョイと重いソファを持ち上げていた。


(あれが魔法じゃないってどう言うこと!?)


 確かに彼女が持ち歩いていた大剣は重そうだった。そしてそれをいとも簡単に振り回す彼女に違和感を持たなかったわけではない。


「スキルよ」

「え!? でも……」

「ええ。私は魔法が使えません。その分スキルの能力が高くて幼い頃はそれを抑えるのに苦労しました」


 それがエリザベートがあまり表に出なかった理由だった。


(何事もイレギュラーがあるのね)


 またエリザベートは指揮を取るのも上手かった。立場的に誰もが彼女に従うのを嫌がらなかったというもある。


「凄い! 皆優秀ね!」


 思ったよりもずっと早く引っ越し作業は終わった。あとは各部屋に小物を入れ込むが、それはまた入居者が決まり次第なので急がない。


「じゃあ少し早いけど、お疲れ様会しましょ!」


 1階のスペースを使って、立食式の簡単な食事会を開いたのだ。調理は商業ギルドを通して料理人を手配してもらった。それにスピンの祖母が加わっている。

 仲のいい冒険者や、作業してくれた職人、近隣の住民も招いていた。お披露目と挨拶も兼ねていたのだ。


(ルークがいない時にやるのはやっぱ気が咎めるわ……)


 もちろんルークはそんなこと気にしていない。少しでも早く貸し部屋業を始めるよう彼女に念を押して王都へ旅立っていた。


「大盤振る舞いじゃねえか」


 エールの注がれたのグラスを持って、嬉しそうにアッシュが話しかけてきた。


「俺の部屋みたぜ。ありゃいい部屋だ! しかも本棚作りつけてくれたんだな。ありがとよ」


 少しでも早く入居したいと、日取りまで確認されトリシアは嬉しくてたまらない。


 エリザベートはひとしきり建物内を散策した後、1階へ戻ってきた。


「トリシア。この場を借りて少し挨拶してもいいかしら」

「どうぞどうぞ」


(ラッキー! これで箔も付くってもんよ!)


 まさかの申し出に、これでご近所からクレームもなくなるだろうとトリシアは安堵した。残念ながら、ここに冒険者専用の貸し部屋を作る事を嫌がる近隣の住民がいたのだ。

 入居者にはここに住むためのルールを守ってもらうため、契約魔法まで結ぶと伝えてなんとか納得してもらえたが、ネガティブな感情なく受け入れてもらえる方がいいに決まっている。

 エリザベートのお墨付きとなれば、それはかなり期待のできることだった。

 案の定この建物に入ってくる人達は皆、エリザベートを見て目玉を落としそうになっていた。半信半疑になりながらも、彼女の特徴的な瞳の色を見て確信し、動揺を隠せない。


「皆様」


 エリザベートの力強い声が響いた。


「この素晴らしく美しい建物の主人からこの場をお借りしてご挨拶申し上げます」


 騒ついていたフロアがピタリと静かになる。人々の視線がトリシアの方に移ったので、急いで頭を下げた。


「皆様、まずどうして私がここでこうしているか不思議で仕方がないようですので、説明致しましょう。私、エリザベート・エディンビアは数日前からこの街で冒険者をしております。以後お見知り置きを」


 わぁ! と拍手で部屋中がいっぱいになる。

 

「1番上の兄は騎士として、2番目の兄は政務で、そして私は冒険者としてこの街に貢献していく所存です」


 そしてまた挑戦的な不適な笑みを見せる。どうやら彼女のあれはとても楽しんでいる笑顔らしかった。


「エディンビアは難易度の高いダンジョンを持つ冒険者の街でありながら、長期滞在に適した宿泊施設はありません。冒険者は身体が資本、休むことも仕事の内でしょう。ここの主人であるトリシア様にはエディンビアの一族を代表してお礼申し上げます」


 そして美しい所作でトリシアに向かって頭を下げた。トリシアはまたまた急いでお礼を返す。


(やった! これで誰も文句は言えないわ!)


 心の中でガッツポーズをした。


 世話になった人達への挨拶も終わり。トリシアは庭で一息ついていた。綺麗な眺めだ。


(東屋を作ろうかしら……でも冬は寒くて使わないか)


 そんな事を考えていると、エリザベートに声をかけられた。


「トリシア、ここの貸し部屋にまだ空きはあるのかしら?」

「え? ああはい! 一室だけ……ですがその……」

「お金ね」

「はい……」

「まけたりしたらダメよ? それが誰でも」

「あの……その……はい……?」


 エリザベートが何を言いたいかわからない。この貸し部屋に入りたいのか、入るつもりがないのか。


「部屋代はティアに聞きました。ですがゲストルームとして使う予定の部屋の価格は決めてないのですってね」

「まぁはい……はい!?」


(だって入居者の知り合いが泊まる用の部屋だし……)


 ただ、冒険者にそんな相手がいる事は稀だ。遠方で暮らす両親が遊びに……なんてことはない。余った空間を倉庫ばかりにするのは勿体ないと感じ、必要性を疑問視する周囲の声を無視して作った部屋だ。


「そのお部屋。貸に出すつもりはないかしら?」

「ど、どうしましょ……」

「私が入居すれば、この新しい試みに箔が付くのではなくて?」


 またもや不適な笑みだ。エリザベートは使えるものはなんでも使うタイプだった。ルークのように貴族の身分は捨てた! と意地を張るタイプではない。親の威光もかつての自分の立場も利用できるだけ利用する。


「まさかさっきの挨拶……!」

「ふふ。あれで私の利用価値がわかったでしょう?」


 どうやら彼女の作戦にハマっていたらしい。だが少しも悔しくないのは、今日1日、彼女の楽しそうな姿を見たからだった。


「1ヶ月、だ、大銀貨1枚でいかがでしょう……」

「ではそのように、家主様」


 月に照らされたエリザベートは今度はホッとしたように笑った。

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