第11話 再開の足音
ついにトリシアの貸し部屋が完成した。とは言ってもまだ建物の奥にある庭はごちゃごちゃとしていたが、とりあえず部屋で寝泊まりする事は可能だ。
「ご主人様、おめでとうございます」
今日ばかりはいつもお堅いティアもとても嬉しそうに笑っていた。
「ありがと! ティアが色々手伝ってくれたおかげだよ!」
「それは当たり前のことですので」
本当にそう思っているらしく、また無駄に奴隷を褒めちぎろうとするトリシアを制した。
「とりあえず荷物の搬入ね!」
スピンの勤める工房の倉庫には、トリシアが買い溜めたたくさんの家具が置かれてあった。
「どうされますか? 運べる物は私と
「こう言う時の冒険者ギルドよ~」
トリシアは冒険者ギルドに依頼を出した。
【近日中 荷物の移動 大物家具あり 大銅貨5枚 移動に有利な魔法が使える場合 大銅貨7枚 3~5名程度】
この内容を冒険者ギルドの依頼掲示板に貼り出してもらった。
「こういう依頼も出せるのですね」
「そうそう。結構個人的なこともお願いできるの」
あとはそれを見た冒険者が、ギルドの受け付けで手続きをする。そうするとさらに具体的な日付けや依頼の詳細を教えてもらえるのだ。
今回の場合、依頼を受けてくれる冒険者が揃ったかどうかトリシアが何度か確認する必要があるが、人選に関してはギルドが上手くやってくれるので依頼する方は楽なのだ。
(採用面接って時間も手間もとるし……ギルドが見繕ってくれるのは楽よね)
依頼主は頼もうと思えば求める人材の詳細まで依頼できる。ギルドがすでに持っている冒険者の情報である程度振り落としてくれるのはありがたい。
トリシアは階級は不問だが、温厚な人物を希望した。その方がティアに対する振る舞いがいくらかマシだと思ったからだ。
「少々依頼金が高いようですが」
「その方が人材が集まるし、いい人に来てもらえるじゃん! 明日にでもある程度揃ってると思うわよ」
それに倉庫から貸し部屋までそれなりに距離がある。荷馬車も使うが道幅がそれほど広くないので、念のため小型のものを使うのだ。何度か往復する必要があった。
今回の依頼は基本的に低階級の冒険者がくることになるとトリシアは予想した。彼女も以前はこういう小さな依頼もたくさん引き受けた。命を賭ける必要のない、報酬がそこそこの依頼は低階級の者にはありがたい。案外人気もあるのだ。
(エレベーターもないしねぇ)
かなりの重労働になるだろう。うまく風の魔法が得意な魔法使いが来てくれるのを祈るばかりだった。
ついに狭い宿屋とお別れの時期が近づいている。そうなると少し寂しくもあるのだが、やはりワクワクが勝るのだ。
「私達も引っ越しね!」
ウキウキと目を輝かせているトリシアに、ティアは改まって深々と頭を下げて礼を言った。
「ご主人様。奴隷の私の為にあのような立派なお部屋をお与えくださりありがとうございました。精一杯働かせていただきます」
「ちょ! やめてやめて! 住み込みの管理人だもん、部屋は必要でしょ!」
「いえ、私には過分なお心づかいでございます……以前の仕事場よりも立派です」
彼女は以前領主の屋敷のメイドをしていたのだ。それよりもずっと部屋も設備いいものだった。
奴隷は
扉を開けると小さな玄関になっており、靴箱も設置していた。部屋に入るとすぐに小さなキッチンと保冷庫が置かれていて、1人用の木製の食事テーブルに椅子、それからシンプルな布張りのソファを置く予定にしている。最近定期市で買った、ガラス扉のついた綺麗なボルドー色のキャビネットもこの小屋に入れ込むつもりだ。
それから中二階があり、そこが寝室となる。もちろん、風呂トイレ付きだ。大きな窓からは、これから綺麗に整備される予定の庭がよく見える。
(いやぁやっぱ人助けはするもんだわ。まさか騎士団長があんなにお礼をくれるとは)
結局全室に風呂とトイレを設置することができた。もはやそれだけでトリシアの希望が7割ほど達成出来たと言ってもいい。
「キッチンは狭かったら1階にあるのを自由に使ってね」
「はい。ありがとうございます」
1階のエントランス部分は結局きれいなフロアのままだった。キッチンも立派なスペースがあり、デットスペースにするにはもったいないと言わざるをえない。
「レストランでも開きますか?」
「料理できる?」
「……いいえ。簡単なものしか」
「私も……」
相変わらずこのスペースは悩みの種だったが、トリシアはまだ楽しみが残っていると思うことにした。
依頼を出した翌日、常駐ヒーラーの仕事が終わった後で、依頼を受けてくれる冒険者がいたかどうかを受付に確認しに行った。
「いやその……それがですね」
「え!? 全然集まらなかった!?」
歯切れの悪いギルド職員に、トリシアは不安になる。依頼料を相場よりも少し高く設定したのに、全く反応がないのかと不安になった。
「お一人、どうしてもという冒険者がいるのですが……その……」
そうしてそっと依頼申し受け用紙の名前をトリシアに渡した。
「え!? これって……!? 同姓同名?」
「……ご本人です」
記載されていた名前は、エリザベート・エディンビア。F級冒険者。職業は剣士だった。
「何がどうなってこんなことに……?」
「我々にも何が何だか……」
以前彼女に会った時のゴロつき相手の大立ち回りを思い出した。彼女の実力は間違いないだろう。
「いつから冒険者を?」
「昨日です。皆戸惑いすぎて噂もまだあまり広まっていません」
(と言うか……なんで冒険者に?)
それは冒険者ギルドの職員も同じ気持ちだった。
エリザベートは登録後すぐにこの依頼を見つけたそうだ。階級を上げるには魔物狩りと依頼、どちらの実績も必要なことは知っているらしいかった。
「どうやら登録費を貯めるのに少々時間がかかっていたらしく……少し前から領城は出られていたようです」
「登録費も払えない状態だったってこと!?」
「はい……」
トリシアはまたわけがわからなくなった。そしてすぐにルークが必死の形相でトリシアに忠告していた理由がわかった。
(これはまた……ルークの呆れる顔が見れそうね……)
トリシアは苦笑しながらも、来るべき未来を受け入れたのだった。
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