第9話 5歳

「実際お前らってどうなってんの?」


 傭兵団に所属する、赤毛のリードがルークに尋ねる。

 あと2日もすれば王都に辿り着く辺りで野営中だ。何人か他の見張りも出ている。


「関係ねぇだろ。ほっとけ」


 ムスッとした表情で答えるルークを見て少し口元を上げたのはレイルだった。


(この感じ、2人はやっぱりなんにもないんだな)


 以前トリシアにそれとなく2人の関係を聞いた時、少し考え込んだ後で、


『世話を焼いたり焼かれたりって感じね。まあ最近じゃ焼かれっぱなしなんだけど……』


 と、少し曖昧な言葉で答えられたのだ。


「お前ってトリシアいないと人付き合いに手を抜きすぎじゃね!? ちょっとは暇つぶしに付き合えよ」

「しっかり見張りの仕事をしろ」


 相変わらずぶっきらぼうに答えた。


「天下のS級の感知スキルがあるんだから俺ら必要ある!?」

「ないな」


 さも当たり前のような回答だ。


「ほらぁ~だから暇なんだって」

「ま、来るの暗殺者も雑魚ばかりだしな」


 王都に近づくにつれ暗殺者の数も日に日に増えていた。だが今回は相手が悪すぎる。鼠一匹通さない完璧な布陣で、王子の元に辿り着けた暗殺者は1人もいなかった。


 ルークが片手を上げた。リードとレイルは背伸びをしながら立ち上がる。


「うまいこと俺ら出し抜いても最後は団長だぜ」

「そうなると暗殺者の方が可哀そうだよな」


 返り討ちにあった暗殺者達は全員捕えられていた。王都につき次第じっくり拷問の後に黒幕を吐かされる予定だ。


「自決もさせてもらえないなんてな~」

「いやぁうち傭兵団の見張りがいてそれは無理っしょ」

「つーか黒幕ってあのレベルの奴らでも知ってるもんなの」

「どうだろな」


 ヒュン! っと風を斬る音と共に暗殺者の足が弾丸に貫かれた。2人は何気なく会話を続けていたが、目線すら暗殺者に向けていない。レイルの右手には小さな銃のようなものが仕込まれていた。突然の痛みにグウと声を漏らす暗殺者はそのまま急いでその場を離れようとするが、リードに行く手を阻まれる。


「ぐっ!」

「はいはい」


 そのまま彼の魔法で地面に埋まっていった。顔だけが地面から生えている。


「陽動にしてはお粗末だな」

「うわぁ~腹立つな! 俺らだってかっこよく決めたつもりだったのに!」


 ルークがドスンと地面に5人の暗殺者を転がした。全員意識がない。


「おい、お前のそれって……」


 ルークがレイルの手を見つめた。


「ん? ああこれ、小型の仕込み銃だよ。すげぇ金かかったんだぞ。転売禁止の契約魔法までやらされた」

「威力ってどのくらいだ?」


 しっかりその形状を記憶しようと凝視していた。


「これは魔力次第なんだよ。だから特注」

「へぇ! お前もこういうの興味あったんだな」


 リードは意外だとばかりに目を丸くしたが、レイルはその理由がよくわかっていた。


(こいつじゃなくてトリシアが興味あるんだけどな)


 だが決して口には出さない。


(それにしても……こいつはマジでトリシアのことどう思ってんだ?)


 ルークはいつもトリシアの事ばかりだったが、一度も好きだとか愛しているとかそんな類の言葉を聞いたことはなかった。


(あのトリシアがコイツの気持ちに気づいてないなんてことはねぇだろうし……)


 だからルークを下手につつくことはしなかった。不用意に刺激してトリシアに本気でアピールを始めたら自分の勝ち目が減ることくらい、彼自身わかっていた。



 ルークは今、トリシアに対して身動きが取れないでいる。トリシアとはもう10年以上の付き合いだ。彼が5歳の時、父親に連れられて初めて領の孤児院を訪れた際に知り合った。その時からルークはトリシアに夢中だった。だが、その時はまだ彼自身も自覚はしていなかった。


「将来お前がこの子たちも守っていくんだ」

「はい父上」


 この頃のルークは意思のないただの人形のような子供だった。魔法が使える上に彼は3つもスキルを持って生まれた。英才教育にも力が入るというものだ。特にルークの母親はまだ幼い彼にありとあらゆることを仕込もうとしていた。

 厳しい教育に彼はいつしか心を殺し、両親が望むような自分を演じることで心のバランスをとっていた。その方が楽だと思ったのだ。5歳にして彼は立派な領主の跡取りとなっていた。


 4歳のトリシアはそんなルークをみてギョッとした。


「あんな5さいじいる!?」


 まだたどたどしい言葉で思わず突っ込んでしまうほど、すでに前世の記憶を持っていたトリシアにはルークが子供として異常に見えたのだ。

 ルークのことが心配になったトリシアは、出来るだけ彼が年相応に振舞えるよう接した。まだ4歳だったので多少の無礼は許されたのだ。ルークの父親もそのあたりはとても寛大だった。

 ルークはトリシアが自分に気を使ってくれていることが理解できた。そのくらい聡い子供だったのだ。自分より小さな女の子が一生懸命自分を笑わそうと気遣ってくれる姿が、彼の心を救った。


「ルーク! こっち! いっしょにあそぼう! はやく!」

「こらトリシア! ルーク様でしょう!!!」


 孤児院の大人達が注意しても、領主は元気でいいと笑い声をあげてくれた。彼も自分の息子があまりにも子供らしくないことはわかっていた。その原因が自分たちが課した教育のせいだということも。だから、度々孤児院へ行く息子を止めることはしなかった。


 ただ彼の母親が来た時、トリシアは注意した。4歳児を警戒し、ルークへの振る舞いが気に入らない時は容赦なく罰を与えたからだ。

 そしてそれは年々厳しい内容になっていった。その頃にはルークはトリシアへの気持ちが他人から見ても明らかで、トリシアもそれに気づいて彼が孤児院に来ると急いで身を潜めた。彼のスキル感知能力の前には無意味だったが。

 

「いい加減にしてくれ! 君のせいでトリシアがどうなってるのか1度でも考えたことがあるのか!?」

 

 珍しくイーグルが大声を出してルークを怒鳴りつけた。


「君はトリシアを不幸にしてるんだ! 彼女から受けた恩を考えたらもう彼女に近づくべきじゃない!」


 体罰は回復魔法を使えるトリシアに効かないことがわかった領主夫人は、彼女に食べ物を与えなかったり、きつい汚い仕事をさせたり、まるでシンデレラの継母のようにこき使っていた。


「またあのクソババア……おっといけないこんな言葉使い」


 トリシアは不当な罰にイラつきはしたが、彼女にとっては体罰と同じくらいどうとでもなる内容ばかりだった。食事抜きはあらかじめ備えが必要だったが、パンをいくつか常備するようにしていた。


「しかしこれをみると食欲がねぇ……」


 腐りかけのパンをリセットして食べることも多かった。

 掃除洗濯なんてものは、トリシアにとっては一瞬で終わる作業だった。時間がかかりました、疲れましたというアピールと、その暇つぶしが大変だったくらいだ。 

 

 ルークはそれがトラウマになっていた。彼女のスキルの事は知っていたので、どうにか乗り切っていることは想像できたが、自分のせいで母親が彼女を傷つけていたことに気が付かなかった。夢中で浮かれていて自分の気持ち以外見えていなかった。


 それから彼は自分の振る舞いを改めた。だがイーグルがトリシアをパーティから追い出したことを知った瞬間、それをやめた。また自分が暴走してしまわないように気を付けながら、彼女の傍を離れなかった。


(今更どうすりゃいいんだ……)


 トリシアとどうなりたいかも、今はもうわからなかった。

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