第11話 お祭り

 この国の成人年齢は15歳とされているが、それは一般人にはあまり関係がない。

 一応の決まりとして、各ギルドに加入可能なのは成人のみという決まりがある。だがちゃんとした戸籍があるわけでもないので言ったもん勝ちなのだ。


(孤児なんて年齢わかんない子もたくさんいるし)


 だが貴族は違う。成人すれば後見人が必要なくなる。まさに独り立ちだ。それまで全ての決定権はその両親にあったが、実際問題はさておき、これからは自身であれこれと決めることができるのだ。

 そして何より、正式に結婚で許された。 



「すごい人!」


(エリザベート様、今日逃げ出した方がうまく逃げ切れたかもしれないわね)


 トリシアとして生まれ変わってこれだけの賑わいを見たのは初めてだった。

 楽師達があちこちで音楽を奏でている。


「スラれるなよ」

「そうね……気をつける」


 中央広場ではたくさんの屋台が食べ物を売っていた。


「おお! 丸焼き!」


 猪のような姿の大きな魔物が丸焼きにされている。その肉と野菜とを一緒にパンに挟んで売られていた。

 他にも串焼き、ソーセージ、パイの包み焼き、焼き菓子もたくさん出ている。もちろんエールやサングリアのようなフルーツがたくさん浸かったお酒も。

 野外劇は何やら大盛り上がりだ。かなりの観衆を集めている。


「演目なんだろ?」

「冒険者とどっかの令嬢のラブロマンスだな」


 観衆の多くが冒険者だった。男女どちらも見入っている。


「流石冒険者の街」

「だな。稼ぎ所がわかってる」


 2人は横目に見ながら通り過ぎた。


「ガラス細工はやっぱ綺麗ね~」


 トリシアには本物の宝石と見分けがつかなかった。どれも本当に綺麗なのだ。


「赤紫色のものが多いけど、やっぱりエリザベート様の瞳の色をイメージしてるの?」

「そうだ。というかエディンビア家の血筋はこの色の瞳を持っている人間が多いんだ」


 エリザベートの兄も同じ瞳の色だったことを思い出した。


「そろそろ時間じゃない?」


 人々が城の方へと徐々に移動し始めていた。あまり人目に出ないエリザベートが領民達への挨拶の為に城のバルコニーに出てくるのだ。


「昨日見たじゃねーか」

「いやぁあんまりに綺麗だったからドレス姿も見てみたくって」


 ルークはどうでも良さそうだったが、それ以上は何も言わずにトリシアに着いてきた。

 城の門の中に入ってすぐ、傭兵のレイル達と遭遇した。ちょうどルークと一緒にダンジョンに入った、赤毛のリードと黒髪のラディも一緒だ。


「おーう! ちょっとぶり!」

「レイル達も見にきたの?」

「そうそう。絶世の美女で第二王子様が追いかけてきたって聞いてさ」

「第二王子!?」


 急いでルークの方を振り向くと、目を合わさないよう顔を背けられた。


(それで昨日急いで城に戻ったのか)


 じゃあエリザベートが城を抜け出した理由って? トリシアの想像力がうなりを上げて働いた。そしてこの後出てくるであろう彼女の表情も予想できる。


(無表情に見えて案外わかりやすかったもんね)


 エディンビアは魔物の侵攻スタンピードから市街地を守る為に海をのぞいてぐるりと壁で囲われているが、さらに城の前には別の塀がある。いざという時領民はここへ逃げ込むようになっているのだ。


 今日はその城門が特別に開かれている。皆が顔を上げて城のバルコニーを見つめていた。


 わあああ! と民衆から大きな歓声が上がる。


 エリザベートが美しい所作で手を振っていた。無表情で。隣には先ほど聞いた第二王子が満面の笑みで一緒に手を振っている。そちら側には一切目を向けていない。


「やはりご婚約の噂は本当だったんだ!」

「リカルド様カッコいい~!」


 トリシアも第二王子の噂くらいは聞いたことがある。別に悪い評判ではない。むしろ良い噂ばかりだ。穏やかで魔術に明るく、とても誠実な人柄だと。

 だからエディンビアの領民達は歓迎していた。愛すべきエリザベート嬢の婚姻相手としてなんの不足も不安もないからだ。


「……。」


 ルークは何も言わない。ただぼんやりとエリザベートを眺めていた。


「……!!?」


 トリシアを挟んでルークと反対側にいるレイル達傭兵達の表情が驚きで固まっている。


「え!? ん!? あれが例のエリザベート様だよな!?」

「そうだよ」


 そして我に帰ったようにアワアワと慌てている。


「ヤベェ……俺、ナンパしちゃった……」

「俺、おじょーちゃんなんて軽々しく呼んじゃった……」

「つーか団長知ってたんじゃね!?」

「ありえるな」


 レイル達の話ではどうやら昨日、エリザベートはトリシアに会う前に傭兵団を訪ねていたようだ。


「実力を試したいから手合わせしてくれって言ってきたんだよ」

「副団長がそう言う殴り込みみたいなのはよくないって諭してたな……」

「そもそも冒険者みたいな格好してたし、入団希望なのかと思ったのに」


 下を向いてボソボソと令嬢に対して失礼な振る舞いをした理由を言い訳のように話し始めた。


「あなた達、騎士団長にもあってなかったの? そっくりよ?」


 あの傭兵団の中でトップクラスの実力であろうメンバーだった。


「俺達お偉方と会ったりしねーんだよ。そう言うのは団長と副団長の仕事!」

「とは言っても明日から会うけどな! ダンジョンの新ボス対策するからって……」

「ヤベェよマジでどうしよ……」


 エリザベートをナンパしたというリードはこの世の終わりのような顔になっていた。


「あの方なら気に入らない奴がいたらバッサリ切ってそうだから大丈夫じゃない?」

「慰めてくれるの!? 優しい~! ねぇこの後暇……じゃないな!」


 トリシアの背後からただならぬ気配を感じ、リードは早々に引き下がった。


 エディンビアでの初めての祭りはとても楽しかった。だがトリシアは本日の主役の気持ちを思うと少し複雑に感じずにはいられなかった。


(エリザベート様、今の生活が辛いのかな……)


 所変われば苦労も変わるのだ。



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