第11話 秘密

(困ったわ……)


 ボロボロ具合はともかく、トリシアはどんどんこの家が欲しくなっていた。


 1階の店舗のような所は、当初は宿の食堂だった。それが次第にあれこれ売る雑貨店に変わっていったのだと、スピンは語った。


「昔……と言っても大昔ですが、商業ギルド、うちに近い所にあったんだそうです」


 この街は何度か魔物の襲撃スタンピードの被害に遭い、時には大きな被害を受ける家屋があった。その度に作り直した結果、エディンビアは中央広場を中心に、今のように区画整備されたのだ。

 この元宿屋は昔はそこそこの好立地で客を集めていたのだと思うと、なんだか歴史を感じてしまう。


 建物は1階の店舗も含めて3階建て、それに広い地下室と更に広い屋根裏部屋があった。


「眺望重視なら屋根裏を大家の部屋に改修してもいいですね~」


 この辺に階段を造って……と、スピンが1人でイメージを膨らませているのを見て、トリシアは話に混じりたくてたまらなかった。

 

「お風呂とトイレですか……2階は4人部屋が6部屋、3階は2人部屋が8部屋なんです。それぞれ冒険者宿よりは広いですけど、理想とされる貸し部屋には面積が足りませんし、部屋数は変えてもいいですね」

「……風呂とトイレはただの願望なんですが」

「そんな! 想像するだけならタダじゃないですか!」


 そうしてまたニコニコと話を続ける。


「なにも全部同じサイズの部屋にする必要もないですしね! 近くに共同浴場もありますから、風呂なしでも問題ないですし」


 それはそうだとルークも頷いた。


 トリシアは急にこの夢が現実になるイメージが湧き怖くなった。幸せすぎて怖いのだ。


 どこかで、自分の夢は永遠に現実にならないと考えていたのかもしれないとトリシアは思った。だからちゃんと考えてなかったのだ。今日、本当に欲しい物件が出てくるなんて。


(ああ、本当に困ったわ……)


 彼女の計画では中古物件を購入後、スキルリセットを使うつもりだった。トリシアは対象の一部分だけをリセットすることもできる。お金がかかりそうな部分はそれで直し、改修費を節約するつもりだったのだ。


 現状をよく知ってるスピンには、急激にこの建物が美しく綺麗になったら、何かあったのだとすぐにバレてしまう。

 それに、この仕事をスピンに頼みたいと思った。トリシアの意見を汲んでくれるし、たくさんのアイディアを提案してくれる。しかも彼女好みのだ。


 だから迷っていた。スピンにこのスキルを打ち明けるかどうか。


(もうこの際キッチリお金を払ってやってもらう? いやでもそうすると他の計画に差し障りが出るし……)


 トリシアは内装にもお金をかけたかった。ベッドにテーブル、椅子にソファ、クローゼット、それからキッチン用品に魔道具……あげ始めたらキリがない。

 冒険者は皆身軽だ。だから自分の提供する貸し部屋にいる間くらい、穏やかな時間を過ごしてほしかった。


(もう少しスピンさんのことよく知ってから……いや、時間なんて関係ないわね)


 長年命を預け、預かっていた相手にも裏切られることがあるのだ。知り合った期間なんて関係ないだろう。


(まぁその相手にスキルの話をしなかった私の判断は正しかったってことよね)


 思い出して少し自嘲気味に笑った。


「迷ってる時はカンだカン」

 

 ルークにはトリシアが何を考えているか何となくわかった。だからほんの少し後押しした。少し寂しそうな表情で。


 でもそれでトリシアの心は決まった。


(頭でごちゃごちゃ考えても仕方ないわね!)


「スピンさん、実は少しお話したいことがあるんです。あまり他の人には聞かれたくないことなのですが……」

「……わかりました! ではよければ私の実家にいらっしゃいますか?」


 スピンの実家はそこからすぐ近くにあった。

 スピンはトリシアの話たい事とは、金銭面の相談だと思ったのだ。彼女から理想のイメージを聞いていたが、同じく彼女から聞いていた予算では到底全ては叶わない。そうなれば建物にしろ改修費にしろ、価格相談はもちろんあるとわかっていた。


(よーしここは奮発して、絶対に改修の仕事はもらおう! こんなチャンス次はいつくるか)


 だからスピンはその話の内容を聞く前に、秘密保持に対する魔法契約を結ぶよう言われて驚いた。


「一体何のお話しで!?」

「いやぁ……あ! 犯罪とかじゃないですよ! こちらの身の安全に関わることというか……」


 トリシアは言い淀んでいたが、スピンにはもう何も検討がつかなかったのでその後素直に同意した。

 魔法契約はルークがおこなった。お互いの血を入れた盃を飲み交わす。体が急激に熱くなり、スピンはこれがかなり強力なスキルだとわかった。


 スピンはドキドキした。まさか自分にこんな危険な匂いのする出来事が起こるとは。朝起きた時はいつもの単調な毎日が始まると思っていたのに。

 ゴクリと唾を飲み込みトリシアの秘密の告白を待つ。


「わー! そんなに期待しないでください! 別にたいした秘密じゃないんです!」


 真面目で真剣な視線を感じて慌てたトリシアは、一気に自身の特別なスキルの話をした。


「すごい!」


 どうやらスピンはこのスキルを肯定的に捉えてくれたと感じ、トリシアは安心した。


「でもこのスキル、皆さんの仕事を奪ってしまうようなものなので……」


(ああダメだ。そんなことない。って言ってもらいたくて言っちゃった……)


 少し自己嫌悪に陥る彼女の表情には気づかず、スピンは興奮気味に語り始めた。


「何をおっしゃいます! 法を犯しているわけでもないのに! いやそりゃあ仕事なくなるのは困りますけど! そのスキルって新築同様になるってことですよね!? と言うことはそこから建築資材を取り出せるなぁ……あ! 同じところを何回もいけますか!? と言うのもここまで資材を運んだりするのにお金がかかるのでその場で調達出来ればかなり改修費を抑えることができ」 


「落ち着け落ち着け!!!」


 圧倒されているトリシアにルークが助け舟を出してくれた。

 我に帰ったスピンは照れたように笑いながら謝った。


「すみません」


 そして深呼吸をして呼吸を整えた。


「結論から申し上げますと、僕は少しも気にしませんよ! トリシアさんは節度を守ってそのすごいスキルを使ってくださってるみたいですし」

「変なやつだよな~コイツ、世の中の市場のことまで気にしてるんだぞ」

「アハハ! 欲のない人ですね!」


 この世界の人間からしてみれば、トリシアのようなモラルを持つ方が変なのだ。前世よりずっとずっと弱肉強食なこの世界、綺麗事だけで簡単には生きていけない。


「そうは言っても……私は毎晩気持ちよく寝たいの!」


 ルークもスピンもそんなトリシアを見て、くすくすと優しい笑顔で笑っていた。


 

 


 

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