第2話 商隊
トリシアは冒険者の街、エディンビア行きの荷馬車の後ろに乗っていた。ソロの冒険者として、商隊の護衛依頼を受けたのだ。
エディンビアは世界最大級のダンジョンの側に出来た街だった。そのダンジョンは難易度の高さから今だに攻略されておらず、日々新種の素材が発見され、一攫千金も夢ではない、冒険者憧れの地だった。
(C級になったら行こうってイーグルと話してたのにな~)
アネッタが嫌がった為、行かずじまいだったのだ。その事を思い出して少し切なくなるトリシアだった。
冒険者はS級を筆頭にAからFまでランク付けされている。C級までいくと一端の冒険者として生きていけるとされており、報酬も上がるのだ。
イーグルとトリシアは冒険者としてはかなり早い段階でC級まで上り詰めた。2人とも謙虚だったので周囲から可愛がられ、また良い依頼も多く回してもらえた。アネッタが加わるまでは。
(まあでも、おかげで予定より早くお金も貯まったし)
トリシアは前々から計画していたのだ。
(冒険者向けの月単位の貸し部屋、需要あると思うんだよな~~)
冒険者用の宿はただ寝るだけの場所だった。夜中まで酒で騒ぐ声も聞こえるし、寝心地も良くない。決して落ち着ける場所ではなかった。同じように感じる冒険者は、わざわざ商人向けの少し高い宿に泊まることもあるくらいだ。
「冒険者にだって休日はあるのよ~落ち着く部屋でゆっくりしたいわ」
冒険者に家はないが、同じ街に何ヶ月もいることは多い。だが冒険者用の宿と違い、普通の宿屋の宿泊費は馬鹿にならなかった。
各地に貸し部屋自体はあるが、冒険者は断られる。職業柄部屋を汚してしまうことが多く、また部屋に荷物を残したまま生死不明になることがあるからだ。
「魔物だー!」
先頭の馬車に乗っていた御者が叫ぶ。突然10頭もの大きな熊のような魔物が、商隊を襲い始めた。
「やば!」
トリシアは戦闘があまり得意ではない。今回もヒーラーとして雇われてはいるが、すでに何人か怪我をしている者が見えた。傷が深いのがわかる。
(遠隔ヒールは届きそうにない……)
早くその場に行って治療を始めなければ。
「ホラ! 仕事して!」
隣でぐーすか寝ていた同じくソロの冒険者を叩き起こす。
「わり……」
銀色の髪の毛が光に照らされて輝いている。馬車から颯爽と飛び降りたその男はその後一瞬で戦闘へ飛ぶと、あっさり魔物を倒していった。
トリシアも急いで怪我人の所へ行き治療を始める。
「痛かったね……すぐ直すから」
「うっ……うう……」
トリシアが触れると、苦痛で歪んでいた御者の顔がみるみる穏やかな表情に変わってきた。
「へぇ~相変わらず治癒の腕だけはいいな」
「やかましい! 報酬泥棒って言われたくなかったらさっさと周辺確認してきなよ!」
「へーへー」
吸い込まれそうなくらい美しく深いブルーの瞳が笑った。
この男はS級冒険者ルーク。全冒険者の憧れの的であり、トリシアとは腐れ縁だった。
「ルーク様! 頼みますよ! せっかく貴方を雇ったんですから!」
雇い主である商隊長がクレームをつけている。まさかS級がぐーすか寝てるとは思わなかったようだ。
「悪りぃな! 昨日の夜飲み過ぎちまってよ!」
「ルーク様って酒に弱いんじゃなかったですっけ!?」
「はは……」
「ちょっと!」
「まぁまぁ! あの女が馬まで治すから! 被害ゼロと一緒だろ?」
ルークの言う通り、トリシアは馬も含めてあっという間に全員の治療を終えていた。
「馬車も壊れちゃいましたよ!」
「車輪だけだろ~すぐに直すからちょっと待ってろって」
そう言うとトリシアの方にやってきた。
「つーわけで頼むわ!」
「……あんたの報酬1割よこしなさいよ」
「おし、交渉成立!」
ニヤニヤと笑いながら、周囲から直しているところを見られないような位置に立った。
トリシアが手をかざすと、車輪はどんどん復元されていき、あっという間に元の形に戻った。
「そのスキル便利だよな~」
「ルークしか知らないんだから言わないでよね!」
「わかってるって」
満面の笑みで答えた。
トリシアが使っていたのは回復魔法ではなかった。
トリシアは【リセット】のスキルでありとあらゆるモノをなおすことができた。
この世界、魔術を使える者はたくさんいるが、スキルは限られた人間のみに発現する。スキルは魔術と違い、魔力をほとんど消費しない。だから何も気にせずバンバンと使うことができる。冒険中、後のことを考え魔力を温存する必要もなかった。
スキルはほとんどが非戦闘系の能力だ。この世界で多いのは鑑定や感知、あとは魔法契約だった。このようなスキルがあると、どこで生きていくにも困らない。ルークはこの3つ全てを持っていた。
トリシアのスキルは過去に例がない。彼女はこっそりと研究を重ね、自分の能力がモノを初期状態、もしくは任意の時期に戻すものだとわかった。
(リセットボタン押してる感覚なのよね~)
トリシアには小さな頃から前世の記憶があったので、この手のことを周囲に知られると厄介ごとに巻き込まれることは想像できた。特に彼女は孤児だ。何の後ろ盾もないため、悪い大人達にいいように使われる可能性を不安視してひた隠しにして生きてきた。
「Aクラスのアシッドベア10体倒したんだから怒んなよ~。あいつらの毛皮高く売れるぞ~お前にやるからさ!」
ルークはトリシアがいつまでも黙っているのを怒っていると勘違いしたようだ。
「色気のない贈り物ね」
「毛皮だぞ!? 十分色っぽいだろうが!」
「じゃあちゃっちゃと皮剥いできてよ」
「へーへー」
嬉しそうに魔物の死体の山へ向かっていった。
商隊長はまだプリプリと怒っていたが、周囲からなだめられて少しずつ落ち着いていた。
「Aクラスが10体ですよ。ルーク様がいなかったらどうなっていたことか……」
「……高い報酬を払っただけはあったということか」
「紹介してくれたあのC級のヒーラーも実力は確かです。御者は傷1つ残ってません。馬なんて瀕死だったのに」
「むう……」
少し離れた所からルークが声をかけてきた。
「なぁ商隊長! この毛皮買い取ってくれよ!」
あっという間に毛皮を剥ぎ終わったようだ。どっさりと毛皮が積まれている。
「……毛皮の状態もかなりいいですね。余計な傷がないです」
「う、買い取らせていただこう……」
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