第9話 真打登場
王子は父親の行動が信じられないようで、不満そうにしている。
「何故そのようにこの女に遜るのですか!」
相変わらずこいつだけは偉そうだ。
「ああそうだ。持参金は迷惑料として受け取ってやるよ」
またもやニヤニヤと下品な笑い顔でこちらを見てくる。
「ああ、そうだそうだ。その持参金はお約束通り回収させてもらいますわ」
「ああ! 何卒お赦しを! お赦しを!」
「父上何を! うわっ! 何をする!」
床に平伏した父親を見て、ついにことのヤバさを感じてきたようだ。さらに自分は近衛兵に土下座する形で床に押さえつけられている。
「あの金額ですもの。この国はこれからどうなるのでしょうね」
「どういうことだ!?」
床に顔がついているのにまだワーワーと元気に騒いでいる。
私はレオンの方へ向かい、上から見下ろす形で今回の結婚の裏で交わされた約束を教えた。まあ大した内容ではないし、レオン本人も知っているはずの裏話だ。
「私が離婚したり不審死した場合、持参金は全て我が祖国へ返却することになってるんですよ」
もちろん、私が原因だったり、ただのわがままでの離婚の場合この約束は無効だ。あくまでこの国側に原因がある場合のみ有効とされる。ただ私の心身を守る1つの要因として約束されたものだった。それが小国が大国の姫を迎え入れるリスクだった。
(まあでも大国との繋がりが欲しければ暗殺なんてされないだろうし、それこそ離婚なんてよっぽどでなければありえないし、リスクが大きいとは言えないわよねぇ)
王もそのように考えていただろう。まさか自分の息子が原因で国の存続危機になるとは。
「もう持参金は使い込んじゃったんでしょう? この国にあの額を返すアテがあるんでしょうか?」
持参金はこの国の数年の国家予算にあたる金額だった。私が暮らすための事前準備という名目で婚約の時点で支払われていたのだが、来てみると用意された部屋は来賓室レベルだし、何か新調した気配はない。初夜騒動の後で調べてみた所、案の定使い込みをしていた。レオンが。
どうやら事前準備はレオンに一任されていたようだ。未来の妻に相応しいものを夫である者が用意するようにと。王たちもおそらくこの使い込みに気付いたのは私と同じようなタイミングだったのだろう。あの額を誤魔化せていたのがすごい。
(レオンの口がうまかったのか。それとも王が息子を信じすぎていたのか)
「貴方が王になるまでにこの国が残っているといいですね」
ゆっくりと丁寧に優しく伝える。
「うそだ! うそだうそだうそだうそだ! 俺はそんな話知らない!」
「いや、結婚式の直前にもこの話はしましたから」
やる気なくて聞いてないな~とは思ってたけど。それにそれ以前にもこの約束を聞いていないとは思えない。自分に都合の悪いものは全て記憶から消すタイプの人間か?
「私だって、貴方がここまで馬鹿じゃなきゃ別に不倫されても離婚なんてするつもりはなかったんですよ」
まあきっちり謝ってケジメもつけてもらうつもりでいたが。私だってこの国の国民まで巻き込むつもりはなかった。
「だけどとても手に負えないレベルの馬鹿なんですもの。これが次の王ではこの国に未来はありません」
悪いがハッキリと伝えておく。この意見に異議などないだろう。
「沈む船からは早く降りなきゃ」
「いえ! どうか! どうか今一度チャンスを!」
え!? この期に及んでまだ言う? もうちょっと物分かりのいい王だと思ってたけど。国の危機となれば四の五の言ってられないということか?
その時我々がいた部屋の扉がノックされ、なかなかのイケメン男性が入ってきた。王子より歳上だが、王よりは年齢がずいぶん若そうだ。だがとても落ち着いた雰囲気をしている。王やレオンと同じプラチナブロンドの美しい髪を持っていた。
「陛下、お呼びでしょうか」
先程王が側近に命じたのは彼を連れてくる為だったようだ。
(あれ、この人……)
結婚式の時にはいなかったけど、見覚えがある。
「リーベルト!」
(リーベルトって確か王弟じゃなかったっけ?)
各国を外遊していて、今回の結婚式にはギリギリ間に合わなかったのだ。確か翌日にこの国に帰り着いたけど、初夜騒動のバタバタで挨拶に来たがっていたのを断った記憶がある。
そうだ。私にこの国の良さを教えてくれたのも彼だった。
リーベルトは、この部屋の状況を見て、瞬時に大変まずいことが起こっていると判断できたようだ。
「アイリス様、この度は我が国の王子が大変な失礼をいたしました」
そう言って、深く丁寧に頭を下げた。
「アイリス様! この者を王といたします! どうか再度お考え直しください!」
「ええ!?」
まさかの展開に突入してしまった。
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