第2話 新たな両親

 両親が俺に『アグリ』と名付けてから早2年。俺は愛をたくさん受け取りながら、元気に育ったいた。この世界の言葉もようやく理解できるようになり、簡単な言葉なら理解し話すことが出来るようになってきた。昔聞いた事がある、赤子が言葉を聞いて理解し話す能力は素晴らしい才能のようだ。ただこの俺が実際に経験するとは思わなかったが。


「どうしたの? アグリ、そんな顔して」


 思わず顔に出てしまっていたのか、不思議そうに抱いている子供の顔を見る母。にこっと笑みを返すと、その何倍もの笑顔が返ってくる。この世界で初めて見た笑顔と同じだ。


 この眩しいほど笑顔が素敵な母は『へベル』という名らしい。前の世界ではほとんど見る事のできなかった、美しい金色の髪を1つに結び、なびかせている。


「少し風が冷たくなってきたわね。中に入りましょうか」


 母は俺を包んでいる毛布を整えながら、扉に手を伸ばした。扉を開けると家の中の暖かい空気が、薪の香りと一緒に鼻へと飛び込んで来た。


 この世界では今はアダルと言われる季節らしい。日本でいう3月の初め頃だろうか。寒いのも無理はない、日が差す時間は暖かい事もあるが夕方になると空気が冷えてくる。

 この2年間、季節を観察していた。環境や四季も、前の世界とよく似ていて過ごしやすかった。


「ただいま」


 暖炉の火で温まっていた時、部屋に入ってきたのは父の『シェルシ』だった。明るく元気な父は、微笑みながら俺に近づき膝を落とした。


「ただいま、アグリ」


 そう言いながら、両手を頬にピトっと触れる。父は子供のリアクションが楽しみなのか、にやにやとしてる。


「冷たいー」


 体を縮めながら父の手を取った。そのリアクションに満足したのか、大きな笑い声をあげながら抱き寄せられる。俺は不満げな声をあげながら、父の頬をぺちぺちと叩くのだった。


 その様子を見ていた母にシェルシは近づき、声を掛ける。


「ただいま、へベル」

「おかえりなさい」


 いつものように軽く挨拶し口づけした。この世界に来てからはいつも目にする光景ではあるが、前世から考えると慣れないもので、こちらが少し恥ずかしくなる。


「畑の方は大丈夫だったの?」

「あぁ、雪はまだ残っていたけど今年もしっかり仕事が出来そうだ」

「そう、良かった。人が居ない冬に魔獣が降りてきて、畑を荒らすって市場で聞いたから心配だったの」


 そうか、この世界には魔獣とやらが存在するのか、いよいよ異世界っぽくなってきたな。って今はそんな事どうでもいい。自分で自分の考えにツッコミを入れてしまったが、どうしても聞きづてならない単語が耳に残ったのだ。


「は、畑?」


 恐る恐る尋ねた。返ってくる言葉によって俺の人生は大きく左右する。さぁ、どうなんだ。固唾を飲みながら答えを待っていると、母が口元に笑みを浮かべながら答えてくれた。


「畑はね、ここにあるお野菜とかお米を作ってる場所の事よ。いつもお父さんがそこで一生懸命作ってくれているの」


 母の答えは、俺が知りたかった事とは少しズレている気がするが今はそれで十分だった。


「そ、そうなんだ。いつもありがとうお父さん」

「おう! 今年もたくさん食わせてやるからな。しっかり食べて大きくなれよ」


 明らかに動揺してしまったが、父が「よっ」と腕を伸ばし、抱いていた俺を頭の高さまで上げ、気付かれる事はなかった。


「さっ、ご飯にしましょうか」


 母の声が部屋に響き、待ってましたと言わんばかりに父の気分が上がっているのが見て取れる。父が俺専用のイスに座らせ、食事の準備をするのだった。


「いただきます!」


 元気よく言った父と共に、今日の晩ごはんを食べ始めた。


「アグリ、熱いから気を付けなさいね」

「はーい」


 覚えたてのスプーンですくったのは、クリームシチューのようなスープだ。中にはじゃがいもとほうれん草が入っていた。白い息を吐きながら食べる様子を、母は優しく見守っている。


「美味しい!」

「そう、良かったわ」


 俺の言葉を聞いてから、母も同じご飯を食べ始めた。


 ただ俺にとって1つ問題があった。テーブルにはもう1つ食器があり、そこに入っているのは米だ。何の変哲もない米だ。俺はこの米を苦手としている。なんせ、かなり不味いのだ。自慢すらしたくないが、前の世界で俺が作っていたのはコンテストでも優勝できる美味い米だ。それを当たり前のごとく食していたからか、どうしても比べてしまう。米の一粒一粒が死んでいて、舌触りも悪い。虫の被害を受けているのか変色もしている。サイズも揃っていないため口に含むと気持ちが悪い。もちろんこんな事は父に言える訳もなく、毎日我慢しながら食べている。なんとか改善出来ないものかと日々考えているが、まだ2歳の俺にはどうしようもなく最近はもう諦めている。


 なんとか美味しいスープで米を流し込み完食した。


「ごちそうさま」

「今日も全部食べて偉いわね」


 ご飯を食べるだけで褒められるなんて、なんとも言えない気持ちになったが子供の特権と思いぐっと抑える。

 その後、母が食器を片付けてから近くに合った布でテーブルを拭いていると、父が「偉いな」と呟き、俺の手の上に手を重ねサポートするようにテーブルを拭きあげるのだった。




 日は沈み、俺の一日は終わりを迎えようとしている。父の仕事がはっきり農業と確定し、どことなく落ち着かない。この世界の事はまだ知らない事ばかりだが、農業のレベルが低い事は理解した。農業は大嫌いだが、米問題は何とかしなければ。それに、米問題は俺の家庭だけの問題なのか、世界全体の問題なのかも分からない。いろいろと情報を集める必要がありそうだ。



 今後のことを考えていると眠気が襲ってくる。二歳児の眠気には勝てる気がせず抗うことなく静かに目を閉じた。

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