18.「今、楽にしてあげる」

 男は仰向けに倒れ、白目を向いていました。口を大きく開け、そこから煙が立ち上っています。


「殺した……の?」

「ん? 空砲」

 彼女は、さも当然と言わんばかりの態度で回答しました。


「ムカついたから、口の中で花火を上げてやったわ。口内は火傷で爛れて、しばらくは水を飲む時すら、激痛とお友達ね」

 彼女はそういうと、ニヤリと微笑みました。

 もしかしたら、私達を心配させまいと、精一杯の気配りだったのかも知れません。


「お頭ぁ……っ」

「痛ぇ……痛ぇよおお……」


 弱々しく、二人の男が悲鳴をあげました。私は心底驚いてしまい、口から「ヒッ」と悲鳴が漏れました。


 トゴとジェフは、生きていました。今しがた目を覚まし、しかし痛みでまともに動くことはできないようです。

 と同時に、教会の外からも呻き声が聞こえ始めました。見張りをしていた、彼らの部下のものと思われます。


 そう。

 彼女は、誰も殺していなかったのです。


「あ……」

 私は、彼女に何と伝えればよかったのでしょうか。

 感謝の言葉を伝えるべきだったのでしょうか。

 伝えたい言葉があったはずなのに、それが出てきません。


「……ああん、もう! こういう使い方は辞めるって決めたのにっ!!」

 そんなアリエラが、急に頭を抱え叫びます。どうやら、今回招いてしまった結果にひどく後悔をしているようです。


「なんなの? アークロンの呪い? 日頃の行い? ぶつぶつ……」

 屈んだまま、後悔の念に苛まれている彼女の姿を、私は何故か可愛らしく思えました。自然と、口元が緩んでしまいます。


「やっと笑ったね?」

「あ……」

「あ、ごめんなさいね。なんとか元気づけてあげたくてさ」

 やはり、彼女なりの気の利かせ方だったようです。

 すると彼女は、猫耳付きの外套を脱ぎ、それを私に掛けてくれました。


「流石にそろそろ、騎士団が来ると思うのよ。その格好じゃ恥ずかしいでしょ?」

 そうでした。

 私は暴漢に襲われ、上半身はほぼ裸でした。あまりに色々なことが起こりすぎて、すっかり忘れておりました。


 そしてアリエラさんは、掛けた外套の猫耳フードを正して、首元の入れ墨もしっかり隠してくれました。


「これでオッケーね、真面目で愚直な騎士団様に見られた面倒よ」

 細目の彼女のウィンクは、私の心に響きました。私もつられて笑顔になるも、目からは涙が溢れ、止まらなくなってしまいました。


 そんな私の姿を見て、彼女は、踵を返します。向かった先にはボルドー様が横たわっていました。

 彼女は手をかざし、ボルドー様に回復術を試みようとしました。


 あの激しい銃撃であっても、ボルドー様のところには銃弾は飛んでいませんでした。

 その理由は、今なら判ります。彼らを挑発しながら彼女は、ボルドー様に弾丸が飛ばない位置取りをしていたのです。


「あら、既に傷が治ってる! サラサ、凄いじゃない!」

 アリエラさんは笑顔を見せます。私も、その報告を聞いて驚きました。


 あれだけの深い裂傷が癒えているということは、無意識に回復術の効果が上がっていた──つまりあの惨劇の最中、私は女神の加護を授かったということです。


 ぐずり始めたルノを抱きかかえる力が強くなります。

 大きな罪を背負っていながら、加護を得たことは喜ばしいこと。ですが、こんな惨事を経てまで欲しかったとは言い難いです。

 ちょっと私は、複雑な心境になりました。


「……あ、おおお……」

「エマル……?」

「まずいわ」


 眠るように気を失っていたエマルが、目覚めました。

 彼女の傷は、ボルドー様よりよっぽど重傷でした。


 しかも何故か、加護がおりた私の回復術でも、彼女は一向に治りませんでした。

 欠損部位は再生せず、それどころか、再度エマルは苦しみだしたのです。


「傷が……また傷が開いてるっ!!」

 止血まで至ったはずの傷が開き、また血が漏れ出しました。


「ヒール!!」

 私はルノを置き、回復術を唱えます。

 しかし、今度は僅かな回復すら起こりません。


「なんでっ! ヒール! ヒール!」

 気づいていましたが、唱える手を止めることはできませんでした。


 私の魔力は、既に空っぽだったのです。


 ただならぬ雰囲気に、ルノがまた泣き始めます。エマルはさらに苦しみだし、顔を歪めます。


「……気絶したくても、激痛でそれが許されないんだ。まるで拷問ね」

 アリエラさんが、いつの間にか横に付いていました。

 私に代わり、彼女は両手をかざし、回復術を使ってくれました。


「ヒールっ!!」

 しかし、アリエラさんの回復術では非常に弱々しく、止血すらうまくいきません。


「お願いっ! エマルを助けて!!」

「わかってる! ……ヒールっ!!」

 涙が溢れ、前が見えませんでした。アリエラさんが術を掛けている合間にも、エマルは苦痛で顔が引きつり、うめき声をあげ続けます。


「くっそ、不浄の玉なまりだまだ。散弾が体内に残っている」

 十分な回復術であれば、不浄な物質は体外に排出されます。

 しかし、アリエラさんの回復術では、それが行えません。体内に鉛玉が残っている限り、そこから体を蝕まれ、また、回復術の効果を阻害し続けるのです。


「いた……いよ……」

「エマルっ!」

「エマルちゃん、動かないで!」

 彼女は、苦痛から逃れんと体をねじります。しかしその行為がさらに傷を開かせ、また痛みを伴う……最悪の悪循環です。


「死にた……い。パパ、ママ、会い……たい」

「!! だめ! エマル!」


 先程アリエラさんの『まるで拷問』という言葉が、脳裏で繰り返されます。

 いま、拷問に等しい苦しみを、エマルは受けている。それこそ、『死んだほうがマシ』と思えるレベルの苦しみなのだろう。


(……)

 一瞬。私の頭に邪なことが浮かびます。彼女を楽にさせる方法が一つだけありますが、その選択肢が浮かんでしまった事自体、私は彼女を『生かして助ける』ことを放棄したことと同じです。


 命に代えても護るといったのは、嘘だったのでしょうか。

 悔しさで、さらに涙が溢れます。


「痛いよね、苦しいよね、よく頑張ったよね」

「……!!」

 アリエラさんが、何を思ったのか、回復術の詠唱を止めました。

 すると、彼女は拳銃に銃弾を装填し始めました。


「なに……を……しているの!?」

 私の呼びかけに、アリエラさんは答えません。


 彼女は、エマルを膝枕しました。エマルはとうとう吐血を始めてしまい、呼吸もかなり苦しくなっています。


 そしてアリエラさんは、先程の拳銃を握りしめ、銃口をエマルの胸に向けます。そこはちょうど、心臓がある位置です。


「いや! やめて!! それは止めて!!」

 私が振り払った最悪の選択肢。彼女はそれを選んでしまったのでしょうか。


 必死に私は止めに入ろうとしますが、既に彼女の指は、拳銃のトリガーにかかっておりました。




「いま、楽にしてあげる」

 そう呟くと、彼女は強く銃口を押し付け、そして、引き金を引いたのでした。


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