第6話 夜の森
騎士団に見つからないように門に向かった。
「門を通ってはダメだ」
と門番が言った。
毎日会っている門番である。だけど名前は知らない。年齢は30歳前後で俺と同い年ぐらいの茶髪で中肉中背の門番である。
「もう夜になる。夜になれば門は閉まる。そしたら帰って来れなくなる」と門番は言った。
「もう帰って来ないんだ」
と俺は言った。
白い鳥のようなモノが飛んで来た。そして休憩室に入って行く。魔力を使って手紙が飛ばされて来たのだろう。もしかしたら俺達の事が書かれた手紙かもしれない、と俺は思った。
「街の外を夜に歩くってどういう事かわかっているのか? 家族が大切なら家に帰れ」
と門番が言った。
「家族が大切だからココを通らないといけないんだ」
名前も知らない門番が俺を睨む。
遠くの方で馬の足音が聞こえた。
もしかしたら騎士団がコチラに来ているのかもしれない。急がなくてはいけなかった。
休憩室から別の門番が手紙を持ってやって来た。コチラは若い門番である。彼もいつも出会う門番の1人だった。
「なんだ?」と年長の門番が言った。「手紙が届きました」と若い門番が言って、手紙を差し出した。
「今はそれどころじゃない」と年長の門番が言った。
「今、読まなければいけない手紙です」と若い門番が言った。
彼は手紙を受け取り、読んだ。
そして大きな溜息をついた。
「アンタは何をやったんだい?」
と門番が言った。
「家族を守りたいだけです」と俺が言う。
門番は深い溜息をついた。
「俺もガキが生まれたばかりなんだ」
と中肉中背の門番が呟いた。
「お前は休憩室に戻れ」と年長の門番が、若い門番に言った。
「俺はトイレに行く」と彼は言った。「少しの間だけ無人になる。だからココを通っても誰も気づかないかもしれない」
ありがとうございます、と俺は頭を下げた。
「礼はいらない。たまたまトイレがしたくなっただけだ」と門番が言う。
そして門番がトイレに向かうために俺達に背を向けた。
「これは1人ごとだけど」と年長の門番が言った。「夜の森で灯をつけると魔物が襲って来る。気配を消して暗闇の中に潜め」
はい、と俺は頷く。
俺達はたまたま無人になった門を通って街を後にした。
太陽が沈みそうだった。
俺は今から自分がやらなければいけない事を考えた。
太陽が沈みきる前に安全な場所を確保することである。太陽が沈めば夜がやって来る。夜がやって来たら身動きがとれなくなる。
ミャー、ミャーとスリングの中の赤ちゃんが泣き始めた。
「おっぱいみたい」
と美子さんが言った。
「わかった」と俺が頷く。
道から外れ、木々の中に入った。
夕暮れの木々は不気味だった。
妻が枯葉の上に座り、ミャーミャーと子猫のように泣くネネちゃんにおっぱいをあげた。赤ちゃんはお母さんのおっぱいを必死に吸った。
俺は美子さんのそばに立ち、木々を見渡した。
風も無いのに木々が揺れている。木に擬態する魔物が存在する。トレントという魔物である。
人間はココから出て行け、という風に木に擬態した魔物が揺れていた。
攻撃もして来ない魔物なので、昼間は脅威に感じない。だけど夕暮れのトレントは不気味だった。
手に魔力を溜めた。
どこから何かが出て来るかもしれないのだ。
さほど門から離れてはいなかった。
遠くの方で馬の足音が聞こえた。馬の足音は幻聴かもしれない。だけど道は使えない、と思った。騎士団に見つからないように魔物が潜んでいる森の中を歩かないといけない。
「おっぱい飲み終わったよ」と美子さんが言った。
「早く急ごう」
と俺は言った。
まだまだ寒い季節なのに、汗がダラダラと溢れた。
早く安全な場所を探さなくては夜が来てしまう。
俺は妻の手を握り、立たせた。
「騎士団が追いかけて来るかもしれない。森の中を歩こう」
妻が俺の腕をギュッと握った。
どんどんと太陽が沈んで行く。
街灯もない森はすでに闇が広がり始めていた。
俺は隣を歩く美子さんを見た。
そして彼女が抱く赤ちゃんを見た。
不意に過去のことを俺は思い出す。
子どもの頃に父親と2人でお化け屋敷に入った時のこと。
まだ俺は小学生の低学年だったと思う。父親は俺を怖がらせようとイタズラ半分でお化け屋敷に入ったのだ。
俺はお化けが怖くて父親にしがみついて目を瞑った。それでも怖かったけど、目を瞑って父親にしがみついていれば、おけば屋敷の出口に辿り着けた。
もう俺は怖いからといって目を瞑って誰かにしがみつく事は出来ない。誰かがお化け屋敷の出口まで連れて行ってくれることはないのだ。
俺が家族を出口まで連れて行く役割だった。
守られる立場から、守る立場になったことを暗くなっていく森の中で俺は実感した。
どこかで悲鳴のような獣の鳴き声が聞こえた。
枯葉を踏みつける足音。
木々が揺れる音。森に迷わせるためにトレント達が動いている。
前に進めば闇が深くなって行くような気がした。
だけど後戻りは出来ない。
どこかから魔物が襲ってきそうだった。
家族を守るために、攻撃の準備をして、森の深くに入って行く。
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