百合の煉獄

粟沿曼珠

第1話 煉獄の門

 突然だが、下着で覆いきれない程に肥大化したクリトリスを持つ女性に強姦されそうになったことはあるだろうか。そういったものに捩じ伏せられることへの恐怖心の一方で、心のどこかでそれに犯されたいと願ってしまったことはあるだろうか。


 この世界が何なのか、いつこうなったのか——そういったことは、一切分からない。普通の日常を送っていたら、いつの間にか男性が消えて女性だけの世界になり、女性が女性を性的に喰らうことが当たり前のこととして起きている。

 元の日常に戻す方法——或いは、元の世界に帰る方法は、見当がつかない。私は、いつ襲われるか分からないこの世界で生きていくしかないのだろうか?






 今日も、いつもと変わらない日であった。


 大学に行って授業を受け、行きつけのラーメン屋の豚骨ラーメンを食べ、本屋やアニメなどのグッズを取り扱う店に寄る。今日はあるゲームの百合の二次創作だ。


 私には友人がいなかった——正確には、高校の頃まではいたけど、失ってしまった。元々コミュニケーションが苦手で、それに私のある気質が合わさって、作れず、また作ろうとしなかった——本当は、求めているにもかかわらず。


 私は、女性が好きだ。小学校一年生の頃だろうか。一番仲の良かった友人——といっても、友人と呼べるような子はその子しかなかったのだけれど——とキスをした。確か、ラブコメのマンガでキスシーンが出てきて、「私達もやってみよう」と軽いノリでやったんだっけ?

 その時から、私は変わっていった。その子は「ドキドキしないねー」と言い、私もそれに同意した——が、心の中で不思議な感覚、どきどきふわふわとした気持ちを抱いていた。


 それが恋だと気づいたのは、五年生になった頃だったと思う。周りの子達が恋だと色めき立つ頃、私にもそれが訪れた。ただ、周りの子達とは違って、私は同性に対する恋心であった。

 私はその一番仲良かった子に恋心を抱いていた。誰も愛してくれなかった私を、彼女は愛してくれたからだと思う。その子とは中学、高校と一緒になり——そして、一線を越えてしまった。


 二人きりになった時に彼女に迫ってしまったのだ。私のことを愛してください、と。抱きつき、キスをしようとする——が、実際にしてしまう前に、彼女の嫌悪の目に気づくことができた。誰よりも愛していた彼女に、誰よりも私のことを愛してほしかった彼女に、汚物を見るような目で見られていた。


 ——ああ、やってしまった。


 その噂はすぐに広まり、私は唯一の友人を失い、避けられるようになった。そして高校を卒業し、地元から逃げるように東京の大学に入学した。

 その過ちを繰り返さない為に、友人を作らないようにしてきた。でも本当は、誰かに愛してほしかった。


 自分の人生を壊した百合を、しかし私は愛している。百合は、つまらない私の人生にとって、誰からも愛されない私にとっての光明なのである。

 女性が女性を愛し、互いに触れ合うその光景に、私は強く憧れていた。その憧れは創作物に触れているうちにどんどん強くなっていった。


 ——私もこうなりたい。私も触れ合いたい。私も恋したい。私も愛したい。私も愛されたい。


 そういう思いを日々抱きながら、悶々と過ごしているのである。


 夕方になり、コンビニで夕食を買ってから帰った。昼の豚骨ラーメンが腹の中に残っており、鮭のおにぎりを一個だけ買った。

 夕日に照らされた住宅街を歩いていると、同い年と思しきピンクの髪の女性が前から来て横を通っていった。思わず彼女をじっと見つめ——


「ねえ」

「うわぁっ!?」


 突然、声を掛けられた。声の方を見遣ると、曲がり角からボーイッシュな女性が現れた。ショートの黒髪で、無地の黒いパーカーを着ている。私との体格差を考えて、身長は170cm以上あるだろう。


「な、何ですか……?」


 彼女に目を合わせずに泳がせ、慌てふためきながら答える。


「こんな所に一人でいちゃ、危ないよ?」


 そう言って彼女はパーカーのポケットから何かを取り出す——それがスタンガンだと気づいた時には、もう遅かった。


「——ッ!?」


 それが体に当たると同時に激痛が走り、その場に倒れて動けなくなる。そして慣れた手つきでガムテープで口を塞がれ、手足を縛られる。


「ん————ッ! ん————ッ!」


 抵抗しようにも、思ったように体が動かない。私は彼女に抱えられ、近くにあった彼女の家に連れていかれてしまった。

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