久しぶりのセレナーデスタジオと邂逅①
長くなったので分けます。
後編は22時投稿。
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本格的に活動を再開したセレナーデ。
しかし、ゆきあの復帰は未だに叶っていない。
ていうか、あいつがどこにいるのかさえもわかっていないんだよね。
ゆきあのもう一つの顔であるボーノはあれ以降、YouTubeやSNSを更新していないし。
家に行って話をしようにも、私にも生活があるので早々に行動には移せない。
もう、成り行きに任せるしかないのだろうか。
セレナーデの4周年記念も迫っているというのに、このままでは純粋な気持ちでお祝いすることもできないじゃないか。
セレナーデは元々10人しかいないグループなので、一人でも欠けてしまうと大きな穴が生まれたようになる。
そう感じるのは、私だけではないようだった。
でも他のメンバーも視聴者も気を遣ってか誰もゆきあのことには触れなかったので、表向きはいつも通りのセレナーデという感じではあった。
私も後輩たちの謝罪配信以降はゆきあの名前を出していない。
運営さんにも別にゆきあの名前を出すことを禁止されているわけではない。
でも、彼女のやったことを考えると配信で気軽に名前を出すのも少し違うような気がするのだ。
それに、私の考えは私自身の復帰配信で伝えたしね。
運営さんは今もばたばたしているらしい。
詳しくは知らないけれど、決まっていた企業とのコラボ商品やネット番組出演などのキャンセルや各方面への謝罪諸々で忙しいのだろう。
園原さんは園原さんでいつにも増してやる気だし、私もぼちぼち頑張らないとなあ。
そして、今日私は懐かしのセレナーデスタジオに来ている。
ここに来るのは三ヶ月ぶりくらいだろうか。
他のVtuber会社のスタジオがどうなのかは知らないけれど、規模感としてはまあまあ広いとは思う。
そりゃ、セレナーデも4周年を迎えようとしていて、それなりに大きくはなったのでそこら辺の雑居ビルの一室みたいな廃れたスタジオではない。
ウォーターサーバーはついているし、冷蔵庫もある。
入口の向かい側には、自分の動きを確認するための壁一面に張られた鏡もある。
床なんて大理石だ。
もちろん、最初からこうだったわけではない。
私とゆきあがデビューした当時は、それこそ雑居ビルの一室を借りて練習したりしてたしね。
4年でよくここまで来れたなっていう話をゆきあにしたことがあるけれど、「こんなのまだまだ出発点だよ」って言われたのをよく覚えている。
スタジオに来ていなかった期間としては三ヶ月くらいなのに、なんだか故郷に返ってきた気がしてしんみりしちゃうな。
私はその場に座って、手で床をさすってみた。
すると、辛かった練習の日々が脳裏に蘇ってくる。
まだセレナーデの知名度がない頃。
練習で疲れて、仕事との両立で精神的にも疲弊している時、私の一番の心の支えは他でもないセレナーデライバーだったんだ。
メイナはよく飲み物を持ってきてくれたり、甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。
エリスはエリスで軽口を叩きながらも私のことを気遣ってくれて嬉しかった。
ゆきあは……もう語り尽くせないくらい色々あったな。
ダンスレッスンの合間には、メンバーとよくお話してたっけ。
ああ、そうだ。響がスタジオに手作りクッキーを持ってきたこともあったな。
『お! 響何それ』
『あ、あの……』
『わー、クッキーじゃん! なになに響が作ったのー?』
『なんの騒ぎ?』
『響がねー』
『えー! 可愛い〜!』
その日、セレナーデスタジオが黄色い歓声で包まれた。
一番後輩で可愛がられていた響がクッキーを作ってきたとあれば、そりゃ先輩たちは喜ぶよね。
セレナーデの全体ライブの練習だったので、その場にはもちろん私もいた。
そしてゆきあも。
『響ちゃん、これ響ちゃんが作ったの?』
『あっ、ゆきあ先輩。ちょっと趣味で……よければいかがですか?』
『いいの? ありがとー』
『あっ、先輩はこれ……どうぞ!』
響はそう言ってゆきあに一回り大きい包みを手渡したのだ。
それは見るからに「ゆきあのために作りました」と言うような代物で、ピンク色の包装紙には可愛らしいリボンがついていた。
『わー! 可愛いね』
『なになに〜? 本命クッキー?』
『ち、違います! あの……これは……自分用にと思ったんですけど……大きく作りすぎてしまったので……沢山食べそうな人にあげようと……』
『その言い方だとゆきあが食い意地張ってるように聞こえるけど……』
『え、そうなの?』
『あああ決してそういう意味では……!』
『いやー、ここまで分かりやすいとからかい甲斐があるってもんよ』
『やめてください……』
そういえば、エリスが響をからかってたっけ。
響があんまり分かりやすく反応するもんだから、面白がっちゃってね。
響はゆきあに相当憧れてたみたいなんだよね。
当の本人であるゆきあはそんなの気にも止めずクッキーを実食してたけど。
『響ちゃん、美味しいよこれ!』
『そりゃー、愛情がたっぷり詰まってるもん。ねー、響』
『なんでそんなに楽しそうなんです……?』
『響たんー、これうまいー! 毎日作ってー!』
『ま、毎日!?』
ナナははしゃいでたなあ。
結局一番食べてたし。
彼女は響がデビューしてから何かと目にかけていたのだ。
以前から後輩が欲しいということは言っていたし、5期生がデビューして嬉しかったんだろうね。
私も初めて後輩ができた時は嬉しかったなあ。
『まあまあってとこかなー。まあ、響にしては頑張ったほうなんじゃない?』
『あ、メンマいたんだ』
『ちょっ、それひどくない!?』
そうそう、彼女のことも忘れてはいけない。
セレナーデ5期生、つまり響と同期である大森メンマ。
彼女はデビュー当初から響に対して軽口を叩くなどのことをしており、ある配信では「メンひび(メンマと響のユニット名)アンチ」を自称するなど、響とののっぴきならない関係性をアピールしてきた。
でもそれは、単にメンマが捻くれてるからということではない。
響とメンマは幼馴染でありながら、セレナーデから同時デビューを果たした間柄だったのだ。
正確には、セレナーデからのデビューが決まっていたメンマが響を運営さんに紹介して、そこから面談などの流れを経てデビューすることになったのだけど。
詳しいことは知らないけど、響も元は配信活動をしていたらしいし、何かが運営さんの目に止まったのだと思う。
普通は、ライバーの紹介だからってだけでデビューさせてもらえないからね。
これだけ大きくなっても黎明期の緩い雰囲気が残っているのも、セレナーデらしいと言えばそうだ。
ゆきあの件みたいに例外はあるけれど。
だから、まあ……言うなれば、じゃれ合いみたいなものなのだろう。
『メンマー、自分も大きいの欲しいからって拗ねるなよー』
『はあっ!? そういうのじゃないんですけど、エリス先輩! ていうかあんな大きいの食べれませんし!』
『その割には手が止まってないけど?』
『はっ、こ、これは……』
『メンマ、美味しい?』
『え? まあ……美味しい、けど……』
『そうか、良かった』
『幼馴染組てぇてぇ……!』
こんな光景を見せつけられたら、そりゃ微笑ましくなるよね。
ナナがクッキーにかじりつきながら発した言葉に、誰も異議を唱えることはしなかった。
これも、数ある思い出の一つにすぎない。
色んな物語がここで生まれてきたのだ。
悲しいことも嬉しいことも。
セレナーデは常にこのスタジオとともにあったと言ってもいいね。
今日はスタジオには私以外の人はいなかった。
本当ならそろそろ周年記念ライブに向けた練習が始まるはずなんだけど、ゆきあのことがあってから練習日が延期になったんだよね。
「ここも変わってないなー」
「!?」
感慨にふけっていたら、突然背後から声がして思わず距離を取った。
振り返ると、そこには見たことのない女性が立っていた。
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