第8話 何かがいる

 足音を忍ばせ、息を殺し、気配さえ殺して前に進む。シルビアの車体の真ん中ほどに進んだ。


 「ゴリッ、バキッ」


 まるで固い何かを折り潰すような嫌な音が前方、家の裏手で聞こえた。家の側面に沿って前に進み、シルビアとの間を通り抜け、家側面の端にたどり着く。


 上空から見ると、ほとんど正方形に近い形状の一軒家である。側面に身を寄せ、家の裏側の様子をうかがった。


 動いている。闇の中で、何かが・・・・・


 暗闇に目が慣れてきた神介であるが、家の裏手は、ことさら暗い。目を凝らした。


 「ガリッ、バキッ」


 固い何かを砕くような、嫌な音がまた聞こえた。


 何かがいる。 闇のなかに・・・・・


 目を凝らす。

 闇が蠢いている。

 地面に近い場所で、いくつかの黒い気配がざわめく。


 嫌な臭いが鼻から入り、脳の奥に突き刺さる。心臓の鼓動が激しくなり、身体中が鼓動に支配される。


 むさぼっている。何かを・・・・・


 闇に慣れた目が捉えたもの。それは、いくつかの影が、何かをむさぼっている姿である。


 大型犬か?野生の獣か?3匹はいる。


 神介は、左手の木刀を握りしめ、迷わず家の側面から一歩踏み出した。


 黒く厚い雲間から、青い月がわずかに顔を見せた。薄明かりが、家の裏手の黒い空間を切り裂いていく。


 獣であるが、見たことはない。3匹ともに、異なった形をしている。熊、虎、狼を連想させる。


 踏み出した一歩の足の下で、地面がわずかに音を立てた。三匹の獣、いや獣のような生き物が、一斉に神介の方に顔を振り向けた。


 6つの目が、あからさまな怒りをもって邪魔者を睨みつける。血色の真紅の妖しい輝きが神介を捉えた。


 小さく二歩目を踏み出すと同時に、左手に持った木刀に右手を添えて、呼吸を整え、正眼に構えた。


 月明かりが三匹を照らす。熊に似ているが熊でないもの。虎に見えるが虎でないもの。狼らしいが狼ではないもの。


 明らかに、地球上の獣ではない。

 形ではない。中から立ち上る禍々しい妖気が、そう感じさせた。


 「誰じゃ、邪魔するやつは?」

 「愚かな、自分から喰われに来たか」

 「殺せ。殺せぃ!」


 耳でなく頭の中に、思念が言葉になって響き渡る。三匹の獣らしきものからの、吹き付けるような強い思念が、神介の頭の中に共鳴した。


 生まれてから今まで、闘いで一度も負けたことはない。例え相手が誰であつても、何人であっても。三匹の獣らしきものに対しても、恐怖心はまったくなかった。


 握った両掌から木刀に、燃えるような気合いが熱く伝わっていく。神介の心は、相手とただ闘い、そして倒すことのみに集中していた。

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