妖魔伝
希藤俊
第1話 蒼い月
星ひとつさえ見えない漆黒の夜空に、細い月が蒼く浮かんでいる。不安げな風が街を走り抜けて行く、
人影ひとつもない暗い道がまっすぐに続いている。無限に続く闇を断つように古びた街路灯が、僅かな空間をほの白く照らしている。
微かな葉音を立てて街路樹を揺らしていくのは、乾いた風のいたずらだろうか。普段は暗い道を照している道路脇の家々の灯も、今夜は既に消え夜の闇の中に息を潜めているようだ。
道沿いの邸宅で飼われ通行人を威嚇し吠えまくる大型犬も、今夜は何かに怯えているのか、小屋の奥に隠れ小さく体を丸めている。
なぜか、今夜はいつもと異なる不安が闇を満たしているようだ
時計は既に0時を過ぎていた。通常の夜ならサラリーマンや酔客などがまだこの道を歩いている時間である。しかし今夜に限っては、なぜか人影はない。
まっすぐに続く道の闇が妖しく蠢き、濃密な闇の中からひとつの人影が生まれた。
人影は、まるで闇の一部のように闇に溶け、同化しながら歩いていく。音もなく存在さえない暗い闇の中を人影と響く足音だけが存在していた。
年齢は30歳くらいであろうか、蒼白く淡い月の光が、端正な顔を冷たく照らしている。身長はかなり高い。180㎝をゆうに超えている。
一見痩身ではあるが、かなり鍛えられた身体をしているようだ。武道でもしているのか、歩く姿にはまったく隙が感じられない。
薄手の黒のVネックセーターを直に着込んだ肌が焼けて浅黒い。ゆったりしたブルージーンズには、両腿の部分に龍の刺繍が浮び、生地から飛び出すように踊っている。
足元は裸足であり、履いたスニーカーは、洗いざらしである。
人影を月明かりが淡く照らしている。月明かりに銀色に煌めくやや長めの髪が無造作に揺れている。
瞬きをしない瞳からは、感情がまったく読み取れない。漆黒に底なしに暗く無限の闇を思わせる。端正な顔、口の端がやや上がり、まるで微笑んでいるように見える。
800mほど続く、駅から南下する直線が長く続く暗い道。中ほどの左側には日中は子どもたちで明るく賑わう保育所がある。
道側に保育所の玄関がある。ガラス扉の中に非常灯が灯っている。寂しく一人で暗い夜道を歩く者には、心強い明るさを灯している。
しかし今夜に限って保育所のこの非常灯さえなぜか消え、保育所界隈も不安げな深い闇に支配されている。
狭い道を挟んで保育所の向かい側は、最近まであった古い市営住宅の跡地である。
昭和初期に建設された木造住宅であったが、都市計画のため、全ての住宅から住民は既に退去し、取り壊し済みである。
深い闇が吹き溜まった荒れた土地に草木が生茂り、何かが闇に潜むには適当な空間を創っている。
髪の毛が鳥肌がぞわぞわと逆立つ。心臓の鼓動が急激に早まり高まる。空気が妙に冷え込んでいく。黒い闇が歪み妖しく蠢く・・・・・
夜空に浮かぶ蒼い月が、これから始まる妖夢を予感していた。
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