第10話 先生
『先生。見学者を連れてきたいんですけど。いいですか?』
いつもにもまして真剣な表情の翔太に、いつもの穏やかな表情を向けて先生はいいですよと言った。
「翔太は弱音を言わないんですよ。頑張ります。できるようにします。そう言って、宣言通りにできるようになるんです」
「そうなんですか」
ギャラリーで翔太を見下ろしていた琳は、いきなり袴を着ている三つ編みで穏やかな表情の男性に道場の先生ですと自己紹介されたかと思えば、翔太のことを話し始めたので、先生に向き合った。
先生は目を見て話を聞く姿勢になってくれた琳に、にっこり笑いかけた。
「本当に、頑張り屋さんで。稽古だけじゃなくて、始める前と終わった後の掃除も頑張って、宿題もきちんと終わらせて、同じ年の子にも年下の子にも勉強でも無差別格闘技でも優しく、ではないですが丁寧に教えてあげて。でも、あの子は質問しないんですよね。わからないことを質問することが情けないことだと思い込んでいるようで。自分で何でも考えて、答えを出して。いつもいつも気を張って。休めているのか。本当に心配なのですが。私が言っても、頑張ります。できるようにします。先生に心配かけて申し訳ありません。なんて。もう。私は頼られないことが切なくて、切なくて」
「私は。頼ってばかりです。友達にも、先生にも、お母さんにも、お父さんにも。だから。師走さんがすごいなって。思っています。何でも自分でできるようにして。すごいなって」
なるほど。
先生は納得した。
素直な子だ。
傍にいると、安らぐだろう。
「もしかしたら、翔太もあなた。ええと。申し訳ありません。お名前を教えてもらってもいいでしょうか?」
「はい。私は加賀美琳と言います」
「ありがとうございます」
先生は琳を見ながら小さく頷いて、そして、燐歌と目線を合わせるように視線を上げてまた小さく頷くと、琳へと視線を戻した。
「もしかしたら翔太も加賀美さんがすごいなと思っているのかもしれませんね」
「私がですか?」
「はい。色々な人に頼れることもすごいことですよ」
「そう、ですか?いつも情けないなって。思っているんですけど」
「情けなくないですよ。すごいです」
琳は徐々に顔を赤らめた。
こんなにまっすぐ年上の人にすごいと言われたことはめったになかったので、嬉しくもあり、恥ずかしくもなってしまった。
「ありがとうございます」
「私こそ、話に付き合ってくださってありがとうございます。では、私も稽古に戻りますので、もし時間がまだ大丈夫でしたら見学を続けてください。何か用事があったら、無理をせずに立ち去ってくださって大丈夫ですから」
「はい。まだ時間は大丈夫なので、稽古の終わりまで見学します」
「わかりました。では。また。失礼します」
「はい。ありがとうございます。失礼します」
先生は琳に向かって、そして視線を上げてお辞儀をすると、その場を立ち去って行ったのであった。
(2023.5.26)
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