第4話「吐くならせめて植え込みに吐け」

翌日。


基地でのはじめての朝食は合衆王国軍がこの基地を放棄する際に置いていったレーションであった。パンと、何かしらないがミートペーストみたいなのと豆とドライフルーツと――いろいろだ。


しかしマズい。こんなもん喰って戦争していれば負けるだろうな。と思った。


「全員事故なく揃ったな!傾注!」

「我が第151小隊は軍事裁判所に行く事になった」


マクギフィンの号令に続き、タワラマチが後手を組んで言う。


「詳しい命令は到着してから追ってあるとのことだ」


どうも彼女もそれ以上聞いていないらしい。


「軍事裁判。まさか裁判官やれってんじゃないだろう」

「おれ、法学部志望なんだ。勉強になるかな」


トラックの荷台で揺られながら、そんな会話が交わされる。


「何が裁判所だよ。くだらねえ。俺は戦争がしたかったんだ」


隅っこで三白眼をむいて吐き捨てるように言う者がいた。ハンノウだ。さかのぼること数か月前、金髪のモヒカンで訓練基地に出頭したあげく、基地の下士官に古いバリカンで丸刈りにされて半べそになっていた奴だった。当然ヨシカワ以外にも小隊のうち10名くらいは知ってる事実であるし、そいつらから全員に広まっているので、この発言は半笑いで受け止められた。


到着するなり、小隊は視聴覚室のような広い部屋に通され、映像を見せられた。


『いい加減白状したまえ。我が合衆王国軍情報部の尋問から逃れられるはずがない』


痩せぎすのメガネをかけた、嫌ったらしい顔立ちのそんなによくない画質ごしにもわかる。エリート官僚ヅラの、濃緑色の軍服を着た男性が言う。脚を二本ほど折って斜めにした机に頭が下にくるように縛り付けられ、しゃくりあげているひ弱な男性が必死に首を振る。


『さっさと吐けぇ!貴様は東陽民国軍の諜報員だろう!我が軍の占領地に居残って、軍と連絡役を務めるのが役目だ!そうだな!?』


筋肉質な男――恐らく部下だろう。

が、縛り付けられている男性をぶん殴った。


なんと胸くその悪い光景だろう。

照明が落とされた部屋のどこかから舌打ちが聞こえた。


ウォーターボーディングという拷問がある。

気管に水が入って咳き込んで

苦しい思いをしたことが誰でも一度はあるだろう。

一言で言うと、それを人為的に、ずっと続ける拷問である。

主に頭を下にした状態で口と鼻に水をかけまくることで行う。


『さっさと吐け!』


へらへらと笑いながら言う。この拷問を行うと肺に空気がなくなるのでしゃべれないことは恐らくわかっているのに、だ。


『窒息して死んでしまったか。根性のないやつですな』

『まあいいですよ。尋問しなければならない不穏分子はいくらだっていますから。次を連れてきなさい』

『了解いたしました。次はもう少しホネがあるとよいですな』


ガハハハハハハハ!


と部下の方が笑ったところで、映像は途切れた。


「見ての通り、大戦初期に占領された我が国固有の領土たる西南島にて合衆王国軍諜報部はおぞましい蛮行を行った。ところで、諸君はここを訪れた部隊の中でもまれに見る幸運である!」


ここの責任者らしい大尉が叫ぶように言った。いきなりこんな反応に困る胸くそ動画を見せられてなにがどう幸運なのだろう。小隊に困惑が広がった。


「この二人のうち、バカ笑いしている方の

ドグサレの畜生であるが、今ここに居る。卑怯にも民間人のフリをして潜伏していたようだが、逮捕し、軍事裁判を経て銃殺刑が確定しておる。――諸君もただ物見遊山でこんなとこまで来たのではあるまい」


ニヤ……とその大尉は笑った。


「お前たちにこのクソゴキブリの銃殺係を命じるぞ。

ただちに準備にかかれ。10分後に中庭に集合だ」


ふははははは、とその大尉は笑った。

言ったら怒るだろうが、笑い方が動画の中の男とそっくりであった。


相手がどんなクソボケであろうが無抵抗の相手を撃ち殺すなんて酷いね。誰がそんなことすんの?え?俺たちが?


そう質問したい気持ちが各人の中に充満していた。


「助けてくれえ!こんな仕打ちは不当だーーー!」


いざ中庭に出て見れば、磔にされているのは動画の中のあのゲラゲラ笑っていた、

拷問していた兵士と本当に同一人物なのだろうか?と一瞬疑いたくなるほどであった。顔は同じだし同一人物に違いないのだろうが。白い囚人着を着せられたその姿は

弱々しく、やつれていて、なおかつ半狂乱で泣き叫んでいた。


「動くんじゃねえよ。髭が剃れねえ。最期くらい綺麗な顔で死にてえだろ?」


石けんと髭剃りを手にした兵士が眉間に皺を寄せて言う。


「あいつはちゃんとトイレ行かしたんだよな?トイレ行かさんで殺っちまうと全部垂れ流しだからな。」

「それが連れてったけどビビって出ないっていうんですわ」

「はぁ……クソは死ぬまでクソだな」


そんな会話も聞こえてくる。


「撃ち方用意!」

「ま、待って下さい。こういう場合、確か軍規では、兵士にメンタル上の問題が起きるのを防ぐために目隠しをさせるはずで――」


タワラマチが懇願するように言う。


「戦場で敵が目隠ししてるというのか?さっきも言ったが、貴様ら物見遊山で来たんではあるまい。撃つ相手が両手縛られていて、万に一つも撃ち返してこないなどど、こんな幸福な話はないのだぞ!」


大尉の言い方は嫌ったらしいが、云わんとしていることは正論である。昨日と同じく、タワラマチは引き下がらざるを得なかった。


「安全装置は解除したな?単発だ。左半分が胸を狙え、右半分は頭。余計な苦しみを与えるな」


小隊の中央に陣取ったマクギフィンの念押しの声がする。


「なんで俺だけ銃殺なんだ!全部上官の命令だ!あいつを先に死刑に……ぐふっ!」

「動くと髭が剃れねえって言ってるだろうが!」


喋っているところを殴られたせいで、

哀れな死刑囚は口から血を流して沈黙した。


「よーし、いいぜ。死んできな」

「なあ上等兵、蜂の巣になる奴の髭を綺麗に剃るって意味あんのか?」

「いいでしょう別に」


軽口を叩きながら、二人の兵士が磔にされた死刑囚から離れる。


「撃てっ!」


交響曲を奏でる乾いた銃声

火薬の臭い、約30個の薬莢がこぼれ落ちる音。


恐らく、彼に拷問された者たちよりも遙かに楽に、

死刑囚は命を絶った。


「ヒューーー!」

「おい新兵!童貞卒業だな!」


はやし立てる声が響く。


「おえ……えろろろろろろろ」


ハンノウが98式小銃を取り落とし、

肩をふるわせてゲロを吐いた。


「貴様!吐くならせめて植え込みに吐け!銃を汚いゲボなんぞで穢すな!この愚か者が!」


大尉が歩み出ると銃声なみの音を立てて、ビンタをくれた。たまらず倒れるハンノウと大尉の間にタワラマチが割って入った。


「自分の部下です!やめてください!」

「ふん、出しゃばるな」


タワラマチに毒づくと、殴った時についた

ゲロの飛沫をウエットティッシュで拭きとりつつ、

忌々しげに大尉はきびすを返した。


「しっかりしろハンノウ!銃を洗ってこい。――あと、うがいもしてこい。ん?」


マクギフィンが抱き起こして。

耳打ちし、背中を叩く。


「三曹はああいうところは面倒見がいいし、美人だよな」


ヨシカワは下世話なことを考えていた。

まあ、それは自分が殺した相手から視線と

考えを反らしたかった、というのもあるが。


「……はは、今度は撃てた。あはは……」


左で、カナザワが、呆けたようにつぶやき、

うずくまる。

昨日の地下駅での一件がまだ尾を引いていたらしい。


「ハンノウの方が俺たちよりまともなのかもな」


右側で、イタクラがぽつりと言う。むずむずする、といって服の外に出した尻尾が、たちまち股ぐらに巻かれてしまった。


「俺は怖いよ。俺自身が。――それとほんとにごめんなさいなんだけど、みんなのことも少し怖い」

「俺なんか何も感じてないよ。お前いい奴だから感じ過ぎちゃうんだろ」


ヨシカワは、安全装置のレバーを「ア」の位置に移動させ、今は無害な金属とプラスチックの筒になっておとなしくしている愛銃をじっと見つめて言った。

――なんとなく、何も感じない自分に腹が立った。

吐いたハンノウ、放心したカナザワ、怯えるイタクラ。三人にとっては甚だ不本意だろうが、彼――ヨシカワ・コタローは文字通り、三者三様の反応を示した彼らに

ある種の強烈な嫉妬を覚えていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る