第3話「清潔にするということ」

火炎放射器の熱気が伝わってきて顔をなぶるや、

ヨシカワは恐怖に生唾を呑み込んだ。


「いいぞォ、エキセントリックだ……アバンギャルドだ……」


阿鼻叫喚の光景を前にカゴハラはくつくつと笑っていた。

なんなら性的な興奮すらも覚えていそうな、恍惚としているとさえ

表現できそうな声色だ。


「くたばれっ!東陽民国の黄色い猿どもめ!」

「俺たちの町から出て行けっ!」


よせばいいのに、沿道からコンクリートやレンガのかけらなどの

瓦礫を投げつけて抵抗する者が現れ始めた。


待っていたかのように、リボルバー式の、

強力な催涙ガスが装填された暴徒鎮圧ランチャーが打ち込まれ、

抵抗を試みた者たちはむせかえりながら昏倒する。

それだけでは許してもらえず、ガスマスクを装備している

兵士たちに囲まれてボコボコにされていく。


「いやぁっ!私のうさちゃんがーーーっ!」


爆風で吹き飛ばされたウサギのぬいぐるみを追いかけて少女が走るのを

母親が引き留める。


「なんだって!うさちゃんが!?よし俺に任せろ!くらえーーーーーーッ!」


親子のそばで聞いていた兵士が、オーバーに驚いた声を上げ、

手にしていた98式小銃を構え、セミオートで連続射撃した。

もともと射撃が得意だったのだろうか。

アイアンサイトだけで照準をつけたにしては正確な射撃で

転がるうさちゃんに対し、6.5ミリ弾を次々に撃ち込んでいく。

綿を撒き散らし、うさちゃんはたちまち変わり果てた姿と化した。


「うさちゃんは名誉の戦死だ!さっさと失せろ!」


女児の悲鳴が、辺りに爆音に混じって反響する。


続いて

ガリガリ、というか、ガタガタ、というか――

装軌式車両が路面を踏みしめるとき特有の

威圧感のある音が聞こえてくる。


“小虎”と呼ばれる、

ものものしい砲塔に

35ミリの機関砲を積んだ歩兵戦闘車が、

角を曲がって現れた。


「残ったテントをすべて踏み潰すように言え」

「了解しました。タビガラスよりFVへ、蹂躙しろ。送レ」


装甲車の乗員たちにもまた

全くためらいはなかった。

ベキベキという音とともに、テントが

踏み潰されていく。


一時間も経つと、そこにテントが立ち並び、

ささやかながら難民たちが生活を送っていた形跡は、

全くなくなった。


「そいつらはテロリストだ、全員連行しろ」


一列にされ、手錠をかけられ、縄で繋がれ、

後ろからは装甲車に機関砲を向けられるという屈辱的な姿で、

抵抗を試みた者たちは連行されていった。


「裏切り者め」


一連の恐るべき“作戦”を呆気にとられて

見つめていたタワラマチ小隊。

その中にいるマクギフィン三曹の姿を見とがめるや、

合衆王国人の一人が心のそこからの侮蔑の視線を向けて吐き捨てるように言う。


「…………。わたしは……」


実のところ、彼女は合衆王国とは関係のない出身なわけで。

お門違いの難癖だ。

だがそんなこと関係ないのだろう。

白い肌に青い目の彼女が

東陽民国軍に混じっていること自体、きっと裏切りに映るのだ。

彼女――レイラ・マクギフィンは理不尽に唇を噛んだ。


「すみません、ソノ…中佐。この作戦行動は、一体どういう意味があるのですか?」


タワラマチは、正直ドン引きしつつも、

可能な限り胸を張りつつ、尋ねた。


「アー?あいつらが例のちびっこゲリラの事をしっかり報告してれば

ウチの部下は死なずに済んだわけだし、君の部下も怪我しなかったわけだし

罰みたいなもんでしょ。治安維持のためにも必要だし――なんか文句でもあんの?」

「いえ、ありません……」


上級士官にそう言われれば引き下がるしかない。

けしてタワラマチが腰抜けなわけではないのだ……。


「こいつら狂ってやしないか」


イタクラが尻尾がゆらゆらと揺らしながら、ぼそっとつぶやく。

それは小隊全員のほぼ総意であった。

確かに戦争には勝った。

さらに、自分たちは既に牙を剥かれている側なのだ。

到着早々に戦死者を出すかも知れなかったのだ。

しかし――


こんなことが許されていいのだろうか……


数時間後。

敗戦国の夜は、とてもわびしい。

首都なのに、灯りがまばらだ。

彼らに兵舎として割り当てられた建物は

ついこの間まで合衆王国軍が使用していた兵舎のようであった。


まだ着任しているのはうちの小隊だけらしく、

がらんとしているそこは、いまいち自分たちを歓迎してくれては

いないように感じられた。


消灯の少し前。


「部屋余ってるんだったら相部屋にしないでくれても良さそうなもんだけどな」

「俺はこの方がいい。なんか不気味だ」


ヨシカワの軽口にイタクラが天井を見上げて言う。


「カナザワ、お前嫌じゃないのかよ」

「アンタたちがなんかの拍子に私のナニを見て

自信を喪失しかねないっていう問題以外はないでしょ」


事もなげに言う。

つくづくこいつは底が知れない。


どんどん、と誰かが扉を叩いた。


「セリザワ先輩」


長身で精悍だが、眠たそうな顔が見える。

大学を休学して参加した組だ。

なんと大学生でありながら漫画連載が決まっていた。

だったら軍に志願などしなければよかったと正直思うのだが。


「やあ。絵を描いてみたんだ。

鉛筆で落書きみたいなもんだけれど」



この部屋は君とイタクラくんと

カナザワさんだったよね

コピー用紙の束をめくって言う。


「えっ、全員分書いたんスか?」

「電車の中で暇だった。はいこれ」


マンガチックにデフォルメされた

「立て銃」で描かれた絵を見つめてヨシカワは感心してしまった。

他人に描かれるなんて、美術の授業を別にすれば初めてだ。


イタクラの絵には耳と尻尾が描かれている。

ヒロイックな絵柄だ。

カナザワの絵は、投げキッスをしてウィンクをしていた。

こちらも最近流行りのタッチ。



「ありがとうございます。宝物にします」


かれこれ半年ほどの付き合いになるが、

今まで見たこともないほどに目を輝かせるカナザワのよこで、

おもちゃのようにイタクラが頷いている。


後で知ったことだが、カナザワは

他人にやさしくされた経験があまりなかったらしい。


その夜、結局イタクラとヨシカワは、

カナザワとベッドを一つ放して寝た。



――まだこれが一日目か。えらく濃かったな――

それが、ヨシカワをはじめとした30余名の151小隊の面々が

異口同音に抱いた感想であった。

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