指で綴る

ゆう/月森ゆう

第1話綴るは何か

授業の合間の出来事だった。

ちょっと暇になってしまったのだ。

黒板には代理の国語の教諭が、ミミズののたくったような文字で持ってガリガリと板書を進めていく。

けれど言ってる内容も無いようだし、文字も文字だったために、全くと言っていいほど、頭に入ってくることは無かった。


だるーい。


どうやら目の前の土屋は、あのミミズ文字を読み解き、更にはさらさらとノートに書き写している様子。

どうやったらあれが読めるのよ、あんたどんな目ぇしてんの?と聞きたかったが無駄だろう。

コツがあるんだよと言われるに決まってる。

大体癖時何てモノの読み方なんて、分かった所で何かいいことなんてあるんだろうか?


周囲の席をきょろりと見渡す。

ほらね。


土屋以外、ほとんどの生徒は黒板を見ていないじゃないか。

見ていたとしても分からないのか、必死になって解読している様子のクラスメートがぽつぽつ居る程度。


何気に土屋が何でもできて羨ましくなるけど、今回ばかりは羨ましくないや。


ある意味超人だと思う。


何を話しても理解してくれるし、何より聞き上手で、こちらがいつまででも話していられる。

そして怖いのが土屋が話し上手でもあることだった。

此方が聞いていることを苦にならないような上手な喋りに聞き惚れるほどの話し上手。

更には勉学も出来て、学年10番内に常に入っているし、スポーツも悪くない線をいつも言っている。


天は二物を与えずとは言うが、それは嘘だと思うわけよ。




筆箱を何となく漁っていると付箋が目に付いた。

そして何とはなしにさらさらと、付箋に文字を綴ってみた。


書いた文字は”今から背中に文字書くから、当ててみそ”


それを土屋の学ランの襟の中に指を指しいれ、ぺたり。

肌にぺたっと貼り付けられた感触が煩わしかったのだろう土屋は、何?とその身を捩り、付箋を引き剥がしたのだった。


くすくすと笑ってやれば、ひやりとするような口調でもって言われる、ちとせ、と。

冷たい声音なはずなのに、何故だか呼ばれるだけで嬉しくなれる、土屋のそんな声が私は好きだった。


「読めーってこと」

「………はぁ?何、付箋??」


読んだのを確認すると、笑いながら言ってやる。

暇つぶしの始まりだ。


「始めるぞ~」


「授業中だよって言っても、聞かないんだろうね」


「当たり前」


土屋が観念したように、はぁとため息を吐き出すと、早速私は土屋の背中に指を走らせる。

つつうと、なぞり綴る文字は先ずはの小手調べってことで、友と書いてみた。

ゆっくりとなぞってやればくすぐったいのだろう、土屋が時折ぴくりぴくりとその身を揺らすのだ。


「出~来た。 で、分かった?」


「友?」


「せーかぃ。んーじゃ次!」


「はぁ………まだやるの?」


簡単すぎたようなので、難しい文字にしてみるかと思い、携帯を片手にピポパと難しい文字を呼び出す。

何がいいかなと検索し、これでいいかと思ったのは薔薇だ。

私、これ、素で書けないわ。

むしろ読める文字で書けるか不安なんだけど。


でもまあいいか、なんてつらつらと背中に綴ってみる。


「行くぞー二文字ね?」


「了解」


「んっ、んんっこら!悪戯するな」


「違う! 済みませんねえ、変な声出さないでくださいよ」


「しっ仕方ないだろ!?くすぐったいんだから!」


「怒るなよ!でかい声出すとバレんじゃんか!?」


兎に角平常心を装って続きを書くことにした。


つらつらつつつー………


土屋は声を堪え、必死になって考えているようだった。

矢張り、難しい文字のほうが楽しめる。

次も難しい文字にしておくかな?なんて意地悪めいた考えがむくり、頭の中で首を擡げる。

土屋があと少しと言うところで口を開いた。


「――長くない?」


「そーかね?」


まあもうちょっとだからと言い、そのままつらつらと綴っていく。

程なくして文字が完成。

さぁ答えをどうぞと聞くと、土屋は首を捻って考えている。


「ほんとに二文字?」


「一応、二文字」


「分からないや。正解は?」


「薔薇」


「ちとせ、携帯使ったろ?」


もしくは辞書と言われ、ばれてしまったと降参ポーズを取る。


「あ、ばれた?」


「はぁ」


「なら次は私が直ぐに書ける文字で、考えるから?それでいっかな?」


「了解」


それは、私が土屋によく言う言葉だった。

土屋がそれを聞くと花の様な綺麗な笑顔をくれる字――それを書こうと思った。

それを書いて、意味を背中で受け取れるのかは分からないけれど、それでも何だかちょっと、意趣返しみたいなものがしてみたかった。


確かに私は携帯で検索することが多いよ?

けどさあー?


あんな言い方って無いと思うのだ。

つらつらと書き連ねて行く文字。

答えは一つの字だった。


分かって欲しい、分かったら嬉しい。

けれど、恥ずかしい。

普段文字にして伝えた事なんてなかったから――


「もうちょっと~、っと」


文字を書き切る頃、土屋の顔をちらと盗み見れば、そこには真っ赤に染まった顔があって――

分かったのだと確信した。

にまり、笑い土屋へと聞く。


「それで、答えは?」


「ッッ、馬鹿かっ!」


土屋クンのほうが授業中だって忘れてんじゃね?


答えは”愛”あなたへ贈る、私からの初めてのラブレター。


*****


授業中だよちみぃ(若本ボイス)

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指で綴る ゆう/月森ゆう @benikake

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