ニセノの仕事

「あれっ? 藍村さんとシュウノさん」ニセノは素っ頓狂な声をあげた。「どうしてここに?」

「外で死んでる人に呼ばれた」

「まー縁起でもない。死んではいませんて」ニセノは陽気に言い返した。

「そうなの?」どう考えても死んでいたが。

「今から生き返らせるんです」

「え……じゃあ今は死んでるだろ」

「まあそうですけど、実質死んではいません。ここでは時が流れませんからね。ちょこっと細工して肉体の時間を巻き戻せば、生きていたときの彼または彼女を復元することができます。つまりわたくしはそのために呼ばれたというわけです」

「なに……」


 蘇生師という言葉は初めて聞いた。肉体の時間を? そんなことが可能なのか。それに、可能だとしても倫理的にはどうなのだろう。


「すぐに、始めていただけますか、あの時点からまったく触らないようにはしていたので……」女が勢いこんで言う。

「あ、俺、少しあの人の手に触ったけど」と俺は言った。「メッセージの送り主かどうか確かめたくて、端末の指紋認証を」

「とりあえず見てみましょう。皆様全員に立ち会っていただきます」ニセノは玄関に向かって歩き出した。


 案内役の女と、ダイニングテーブルに着いていた三名は、おずおずとニセノについて行く。俺とシュウノもその後について建物を出た。


 死人は相変わらずだった。大量の血と、胸に突き立ったままのナイフ、妙な形で硬直しつつある腕と脚。胃にズンとくる重さがまた戻ってくる。


「亡くなった状況について少しお聞きしないといけません」ニセノは言った。「それによって、どの時点まで巻き戻すかが変わってきますので」

「そうなんですか?」夫婦の奥さんの方が聞き返した。「どうしてですか?」

「極端な話、自ら望んで亡くなった方の場合、死の直前まで巻き戻してもまた死を選ぶことになります」ニセノは声の明るさを落とさずに言った。「借金なり精神的な苦痛なりで悩んでおられた方の場合は、その悩みが始まる以前の時間まで巻き戻さないと、自殺を繰り返すだけです。一番極端な例ですが、十年前まで巻き戻したケースもございます。つまり最近十年間の記憶を失った状態で生き返ってもらい、ほぼ人生の半分ほどをやり直していただいたケースですね。これは一番極端な例です。もっと一般的なケースで、事故死の場合でも、念のため半年ほど巻き戻すということはあります。本当に事故だったのか断定しかねる場合などです。あるいは、確かに事故だったとしても、本人の意思がそこにまったく関わっていないとは言い切れないケース……わざと危険そうな状況に挑んだとか、より安全な方法があるのにあえてそちらを避けたとか……そういう『消極的な自殺』ではなかったのかという検証は必要です。更に、完全に不慮の事故だった場合でも、死亡の瞬間のすぐ直前に戻すのはかなりのリスクがあります。例えば、崖から落ちそうだ、このままでは死ぬかも、という危機的な状況に直面して、ご本人はその瞬間に死への覚悟を決めていた、死の直前にはもう自分の命を諦めていた、というケースはとても多いわけで、迂闊にその瞬間に巻き戻してしまうとかなり拙いことになります。生きる気力を失った状態のその方を生き返らせてしまう、ということになるわけです。ですからなるべく詳細な状況をお聞きして、生活に支障のない範囲で多めに巻き戻す、ある程度最近の記憶がない状態で蘇生するというのが通常の手順になります」

「そんな!」案内役の女が悲痛な声で言った。「記憶を消すってことですか?」

「部分的には、そうなりますね。でも普通に、九死に一生を得た人ならその瞬間の記憶がないことは珍しくないですから。この先の人生をきちんと生きていただくには必要なことです」

「でもそれなら犯人が分からないということじゃないですか」

「犯人、ですか」ニセノは横たわる死人を見下ろした。「まあこういう形だと自殺とか事故とは考えにくいですね。可能性がゼロというわけでもないでしょうけど。こういうふうになった状況や経緯を一番詳しく知っているのはどなたですか?」


 四人の関係者は皆、沈黙した。


「それが、誰も分からないんです」案内役の女は泣きそうな声で言った。

「見つけたのはどなたですか?」

「私たち、全員です」女は中年の男と若い夫婦の方へ顔を向けた。

「四人で、同時にここに来て、この人がこうなってるのを見つけた?」

「正確には、ここじゃなくて、現世です」

「おやおや……」ニセノはちょっと肩をすくめた。

「見つけたときにはもう手遅れでした。それで、この人が」女は中年の男を手で示した。「今すぐ彼岸へ動かせば、蘇生師を呼んで蘇生させられるはずだと……」

「なるほど。そういう使い方をされるお客さんは初めてですね。わたくしどもは普通、死者の国に滞在中の生者の方が亡くなった場合に対応しているので」

「すみません……」

「ただいずれにしろ、わたくしどもは、やれることをやるだけです」ニセノはそう言って、にやけ顔の仮面を俺たちの方へ向けた。


「あの、僕たちはもう帰っていいですよね」シュウノが聞いた。

「いえ、せっかくだから居てくださいよ。わたくしがここに到着したときにすでにここにいらしたということは、あなたがたも広い意味ではこの事件の関係者ですし」

「そんなむちゃくちゃな」俺は思わず言い返した。「俺は後から呼ばれて来ただけなのに」

「その点もちょっと奇妙なんですよねえ」ニセノは惚けたような口調で言った。「藍村さんは彼に、この場所に呼び出された。しかしこの人達の言い分では、彼はここに運ばれたときには瀕死か、すでに亡くなっていたわけですよね」


 確かに、そうだ。あのメッセージの文面だと、送り主は既に死者の国のこの場所に居て、俺にすぐ来て欲しい、という意味に読み取れた。だがこの四人の言い分だと彼はあのメッセージを書いた時点では現世にいて、その直後に胸を刺され、惨状を発見した者達の機転でここに転送された……ということになる。どうも不自然に思える。あのメッセージは「死者の国へ行ってください」ではなく「来てください」と書いてあった。自分が現世にいながら、死者の国へ「来て」という言い回しをするだろうか。単なる書き間違いか? もしくは、その時点では彼は死者の国におり、その後現世に戻り、刺されて、また死者の国へ転送され……やはり不自然だ。俺がメッセージを受けてからこの指定の場所に着くまで一時間も経っていないのに、その間に彼は彼岸と此岸を慌ただしく往復していたのか? いったい何のために?


「むーん。もうちょっと、状況を精査しないといけないようですね」ニセノはわざとらしく首を傾げて、相変わらず明るい声色はまったく崩さずに言った。

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